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「私が本当の意味での全神だったなら、綺羅さまに手をかける事が出来たかもしれない。でも、そうではなかった。たとえ玉を持っていようとも、幽鬼を見ることは出来なかった。だから殺める事も出来ず、次第には恨むことも忘れて日常を過ごしていた。……でもその日常さえも壊れてしまった。赤の全神が再び現れたことによって」
それは、歓迎されるものではなかっただろう。けれど柳は私を恨むようなことはしなかった。それどころか優しくしてくれたのだ。何処の馬の骨かもわからない私に。
そういえば、皆はまだ知らないのだ。私が未来から来たこと。もちろん、矢彦も。知っているのは私を呼び寄せた彼方と事情を知らせた山賊たちだけ。
もし、綺羅の輪廻を崩す事が出来たら、私はここにいられなくなるかも知れない。浜に注意されるまでもなく、私はここからいなくなるんだ。
「……柳さん、確かに私は危険な存在よ。だけど全て終わらせるわ、約束する。そうすれば私はここからいなくなるから」
柳は形相を変えて私を見た。必死な顔つきだ。何をそんなに慌てているのだろうか。
呑気にも、私はそう思った。
「駄目、駄目よ。天華は安穏とは程遠い方。そこに留まって過ごす事が出来ない。いつかはここを去ってしまうのかもしれない。でも、そのときが訪れても、何処にも行かないで欲しいの。矢彦は、私の子供はあなたを望んでいる。全神と迦楼羅で出来た呪縛の関係であっても、その関係がなくなったとしても、あなたはここにいて欲しい」
それは1人の母親の表情だった。父親の顔を知らない息子に対してのせめての願いなのだろう。
私もそれが叶えられるのならば、矢彦の傍にいたいと思う。全神と迦楼羅の関係なんか必要ない。だけど、その関係があるからこそ私たちは出会った。そして同じ感情を持つようになった。
――――じゃあ、その関係がなくなれば?
私はもう、ここにいられないだろう。私が願っても、きっとそれは叶わない。
「私は……自分の思うままに動くわ」
その言葉を、柳はどう解釈するだろうか。
涙を流した柳からはそれを察知することは出来なかった。
「天華、柳を部屋まで送り届けたよ」
「ありがとう」
九卿は私の部屋にのんびり入ってきた。その動作はひどく弛緩していた。
ふと、私は疑問に思った。
「ねぇ、相模が子供を生んだ日に死んだというのなら、弟の君は誰から生まれたの? 正室から生まれたと聞いたのだけれど」
気のせいだったかなぁ。だけど当主は正室の子である九卿ではなく、矢彦になっている。いくら九卿が幼いからといって当主を変えるまでではないだろう。強いていうならば天皇の皇太子問題と似たようなものだ。
と、色々と考えを巡らせると、九卿は大きな声で笑った。
「え、何よ」
「天華、まだ気づいてないの? 僕、女だよ」
「…………はぁ?!」
「外では僕が男で相模の本当の子だと知られているけど、実は違うんだなー。僕は女で、矢彦とはちょっとした親戚。本当の母は相模の従兄弟で、父は紀伊の叔父なんだ。遠からず二人の親戚なんだ」
「は、はぁ。そうだったの」
「あ、口出し無用だよ。知っているの、柳と紀伊と長老と僕の実親だけ」
口に人差し指をあて、片目をつぶった。俗に言うウィンクだ。……今の時代でも流行っていたのだろうか。
というか長老って誰。
「や、矢彦は知らないの?」
「相変わらず。閑にはばれちゃったけどね……やっぱり性転換するなら上手に生きていかなくちゃ、ね?」
にっこりと私に向けて笑う。それはいつかの私に向けての言葉だろう。笑顔を見れば、やはり女に見えなくもない。
「……善処するわ」
もう男装をすることはないだろうが、そう宣言した。
「そう言えば天華、これからどうするの? 柳だけ返して僕に用事って、そう大切な用もなさそうだけど」
九卿は可愛らしく首を傾け、聞いた。
この子供まで巻き込むようなことはしたくなかった。けれど、後少しの辛抱だ。もうしばらくすれば全てが終わるはずだ。そう私の直感が告げる。
なぜなら、望んでいた記憶がやっとこの体に染みこんできたのだから。
「綺羅を呼ぶの。あるきっかけがやっと掴めたのよ。だから九卿にはある場所に案内して欲しくて。柳さんに頼むとまた泣かれても困るしね」
「ある場所?」
「相模の墓よ」
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