|
ここだよ、と指で示された場所は何ともいえないもので、石の墓と背景の空が目を引いた。
屋敷を出て木の覆い茂った道とも取れないような山道を数分歩いて、前の風景ががらりと変わったところに墓はあった。頂上についた時と同じような風景。それなりに達成感は得られるものだけれど、墓は里長だとは思えないくらいみすぼらしかった。石の墓と言えばそう思えるかもしれないが、とても墓とは思えない。ただの大きな石にしか見えないのだ。
「……」
この時代は現代よりも死が身近にあって、墓も大分見慣れたと私は思う。でも、何なんだろう。相模の墓だけは妙にしっくりこない。彼方の墓とは違って、異質なものに見えた。
「天華はこれからどうするの? 綺羅を呼ぶ?」
「呼ぶ……けど、何を言えばいいのか、わかんなくなっちゃった」
私はしゃがんで墓をじっと見た。相模は綺羅に何を言いたかったのか、それを知りたかったのだ。だけど死者は所詮、死者だった。聞き取る耳もなければ、言葉を綴る口もない。神さまも人の生死については手が出せなかったはずだ。これなら尚更、私がどうにか出来る問題じゃない。
「でも、柳さんの話を聞いて、記憶は戻ったよ」
「……天華、記憶喪失だったりするの?」
「私じゃなくて、赤の全神の記憶。閑さんに言われたんだ。早く記憶を取り戻さないと手遅れになる、って。もう手遅れだけれど、これ以上綺羅さんの好き勝手にはさせたくない」
彼方は私の不幸に巻き込まれてしまった。そのときに記憶が戻っていても彼方の死は動かせなかっただろうけど、でもせめて彼方の気持ちを汲み取りたかった。
どうしようもない過去の話。それを振り返ったって変わるわけじゃない。私は右目に手をやり、気を落としていた。
「赤の全神の記憶かぁ。最後の遺言でも思い出せたの?」
「綺羅さんの輪廻はまだ続くはずよ。全神と迦楼羅を繋ぐ玉が終わりに近づいているのは分かるわ。でも最後は私が持っていた『呪』の玉じゃない……それだけは確かなの」
まだ輪廻は続く。だからこそなんとかして綺羅の恨みを晴らせてあげたい。それは誰もが願っていた。神もまた、そう思っていたのだろう。
「本人に何を言うのか、それは綺羅の反応によるわ」
――――今はまだ、考えさせて欲しい。
「最近のそなたはよく私を呼ぶ」
戸惑う綺羅は上からものを言う。不機嫌なことはいつものことで、傲慢な態度は変わらない。それにも大分慣れた。ふと巫女だった時の榊も、こんな態度をしていたのだろうかと思った。
「綺羅さんは分かってないようだから言うけれど、これは相模の墓なの」
大きな石の墓は、私のちょうど腰ぐらい。墓だと分からなければ腰を落ち着ける只の石だと思っていただろう。それくらい、墓には到底思えないのだ。
「……これが?」
一瞬、目を丸くした綺羅が本当の女の子に見える。動揺している目の奥に潜んだ激しい情が大きくなりつつあるのだろう。うそ、とぼやく綺羅はゆっくりとした動作で墓の前に座り込んでしまった。
「こんなにも、近くにあるはずが……」
放心している様子から見て、かなりショックを受けているのは目に取れた。だけど、予想とは違った反応に私はどう反応したらいいのかさっぱりわからなかった。
「1人にさせて欲しい」
しばらくして綺羅はそういった。今まで以上に小さく見える背中に、私は何も言わずに九卿とその場を離れた。
「天華、綺羅ってあんなにも小さかったのだね。もっと美人で偉そうなのかと思っていたよ」
最初、私は何を言われているのかわからなかった。
「は?」
「白い髪のした女の子、あれ綺羅なんでしょう? 途中からぼんやりと見え始めたから幽霊なのかと思ってた」
「え、ちょっと待って。綺羅さんが見えたの?」
頷く九卿は迷いがなかった。白くて小さい女の子というのはやはり綺羅なのだろうけれど、普通の人間に迦楼羅が見えるはずがない。私は別として。
ましてや九卿は相模とは血の繋がらない子供。何の関係もなく育ってきた本当に普通の人間なのだ。全神でもなければ、因縁のつながりである柳のような関係でもない。その九卿が綺羅を目にしたと言う。
これが何の意味を持つのか。私はもやもやとした感情を持ち始めた。
――――ここにいるはずなのに、なんだか違う所にいるみたい……。
ふと見上げた空を、この目に焼き付けておこうと思った。
back
// top
// next
|
|