お願いがあるの、と私は話を持ちかけた。

「彼方の死体ってどこにあるの?」
「……」
「え、ちょっと今変なこと考えなかった?」
「死体で何をする気なのだ?」

 私の問いに答えず、矢彦は不躾に聞いてきた。変なことをするのだろうと考えているに違いない。
 違うと頭を横に振って、言葉を詰まらせた。

「墓をつくるの」

 きっと墓は作られていないだろう。戦国時代では墓を作るということをあまりしないのだと私の頭にインプットされているのだ。本当のところはどうだか知らないけれど、いまだ墓を見た事が無いのは事実だ。
 矢彦は納得したようで、あぁと視線を泳がせた。

「死体はない」
「どうして?」
「……消えたのだ」

 消えた。
 死体が消えるなんて、聞いた事が無い。現実にありえることではないからそれもそうなのだけど、彼方が迦楼羅だったから消えたのだろうか、と考えを巡らせた。
 だけどよく考えると消えてしまうのも無理はないと思った。迦楼羅の姿になれば大抵の人の目には映らなくなる。神と同じ幽鬼の存在になってしまうのだから、いわば魂でいるようなものだ。その魂が死体になる方が恐ろしい。消えるといった方が自然な形である。

「じゃあ墓だけでも、作らせて。それで彼方が成仏できるか分からないけれど、出来る事はやってみたいと思うの」

 彼方のためとは言ってみるけれど、殆どは自分のためだ。彼方が居たからこそ、私はここに居る理由が生まれた。彼方のために尽くしているのは自分がここにいたいと思うから、こうして墓を作ろうとしているのだ。
 矢彦と並んで座って同じ高さの目線で訴えると、向こうの視線が揺らいだ。

「何故そこまであの男に執着する?」
「……彼方は私をこの時代に呼び寄せた。そして全神と迦楼羅の輪廻を終わらせる役を私に委ねたわ。……お願い、矢彦」

 私は願う台詞を口にする。そうすれば矢彦は逆らえないだろう。

「これは私だけじゃなくて、前世だった来抄の願いでもあるの」








 彼方は山賊に居たときよりも神代での思い出の方がたくさんあるだろうと思い、私は単身神代の地へ向かった。矢彦は一緒についていこうとしていたが、当主という身分は自由にさせてくれないのだろう。そこで矢彦は紀伊と同行させようとしたが、私が拒否した。幸い忍者の里と神代は目と鼻の先だ。日帰りが可能なので、なるべく早く帰るようにと何度も言い聞かせられた。
 私の白くなった髪を見て驚いた幽玄に事情を話し、二人で彼方の墓をつくる。本当は七宝も居れば良かったのだが、彼方が死んだと言うことを伝えるとどこかに行ってしまった。せめて最後だけは彼方の事を見て欲しかった。そう思うのだけど、なかなか現実通りには行かなくて歯痒くなる。
 幽玄は苦笑するだけだった。

「憎しみは愛よりも深い。滅多な事がない限りそれは癒されぬものよ」
「でも、どうしても癒したい時、どうすればいいのかしら?」
「憎しみの元凶を失くしてみるか? そうすれば憎しみは収まると思うか?」
「……わからない。でも恨みはそれで晴れるとは思わないわ」

 もし本当にそれだけで憎しみが収まるのであれば、綺羅の輪廻は赤の全神が消えればもう既になくなっていたはずだ。それでも綺羅が生まれ変わるのは、それだけでは憎しみはなくならないということ。
 それを悟った彼方は私に任せたのだ。

「私は、憎しみ以上の愛を捧げればいいと思ってる」
「甘いな。確かにそれで収まるとは思うが、その愛情がなくなればさらに憎しみは増すばかりだ。手に負えなくなるぞ」

 それもそうだ。もしかしたら綺羅も輪廻を繰り返すうちにその愛情を見つけたのかもしれない。そしてさらに憎しみが増えたのかと思うと……。

「じゃあどうすればいいのよ」

 不貞腐れ、やけくそになる。そんな私を見て幽玄は嘲笑する。なんでわからないのか、といわんばかりに。

「憎しみ始めた頃からの過程を振り返れば良い。本当にいい事があったのか、とかな」
「過程?」
「憎しみとは恐ろしいものよ。過去の事しか見ようとせぬ。現在何が起ころうとも、振りかえりもせず復讐しか考えないのだ」

――――綺羅の今は……。

 まさに幽玄の言うとおりだ。綺羅は赤の全神しか考えていなくて、そのために生まれ変わりの私を苦しめようといまもどこかで策謀している。だからこそ、憎しみは癒されない。

「――ありがと、幽玄っ!」

 一瞬驚いたように目を丸くしたが、手を振って返してくれる。私はある場所へと駆けて行った。








「綺羅さん」

 両手を広げて私は綺羅を呼ぶ。迦楼羅になって初めて知ったお互いの幽鬼を呼び合うあの音を使って。

「私はここにいるわ」

 まだ綺羅は私を殺そうとしない。彼方が死んだだけで崩れるような事はしなかった。それはまだ私が苦しんでいないから。
 今度は誰を殺しに来るのだろう。私はそのことばかり考えて今まで部屋に閉じこもっていた。だけど、そればかりを恐れていては何も解決しない。それなら私は前へ進もうと思ったのだ。
 かん、かんと続けて呼んでいると、ようやく彼女が現れた。心なしか、綺羅の表情は芳しくない。

「そなた、彼方が愛しくなかったのか」

 どうやら綺羅は、私があまりショック受けていなかったことに腹を立てているようだった。変わらず小さな姿で、今回は恐ろしい形相でやってきた。だからといってそれに怯む事もない。なんだかもう、恐ろしい事に慣れてしまったような感触だ。

「彼方が死ぬということは私も彼方も覚悟していた事なの。だからそれなりに悲しいと思ったし、辛いとも思った。けれど、愛しいという感情だけは彼方に向けられたものじゃないわ」
「……」
「ねぇ、綺羅さん。あなたにも初めての恋はあるでしょう? あなたの場合、相手が神様だっただけで、他の人と同じにとても嬉しい事があったと思うの。綺羅さんはきっと神様と一緒にいられたとき、これ以上の幸せは無かったはずよ。そうでしょう?」
「否定はせぬ」

 つんとした態度で答えられたが、私は余裕がなくてあわてて取った態度のように見えた。
 綺羅は何か引っかかりを覚えている。私はそう確信した。

「でも、あなたは神様以上に愛しい存在を見つけてしまったのね」

 綺羅は目を瞠り、動かなくなった。それが図星だったということは鈍い私にも分かる。誰かが、恋をすると他の人の恋に鋭くなると言っていたけれど、まさにその通りだと思った。
 つまり、綺羅は神様の他の誰かを好きになったのだ。
 そしてその恋も実らず、さらに赤の全神への憎しみは増した。

「綺羅さん」

 そこまで分かれば、綺羅の憎しみ始めた頃からの過程を探ることは容易い。

「私、あなたの呪縛を解き放つわ」

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