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中に入るよう促されるが、私はそれを拒否して階段に腰掛ける。
肌が冷える冬だとしても今は雪は降っていない。今日はそれなりに着込んでいるので、格別寒いとは思わなかった。
志穂も慣れているのか、無理に入らせようとはせず私に並んで座った。
「昔はいろんな所に神様がおりました。その地域だけを守る神様もあれば物に宿る神様もあり、神様たちは私たちを見守ってくださいました。おそらく、今も見守っているでしょう。そうであればいいっすけどね・・・。そしてここの陸奥には、豊穣の神がおりました。いつしか人々はその神を『迦楼羅』と呼び、そして迦楼羅を見る事が出来た人間を『全神』と呼んだのです。人々は迦楼羅に願うために、迦楼羅の耳となる全神に願いました。その全神、もとい人間ですが、その人は榊と名乗っておりました」
「榊?どういう人だったの?」
「さぁ、それはなんとも。なんせ大昔の話です。しかし、榊はこの神社の一代目の巫女と語り継がれております。先代にいやというほど聞かされておりますもの、耳にたこが出来そうなくらい。間違いではありませんねぇ」
ふふ、と子供らしくない笑みを浮かべた志穂は足をぶらぶらさせる。子供ということで巫女らしく見えないけど、その態度でよりいっそう巫女のイメージからかけ離れてしまった。
こうしてみると、樋都のほうが巫女らしく見えるかもしれない。結局はどちらも巫女らしくないのだけど。
「一代目、ということは……待って、あなた何代目だっけ」
「176代目っすね」
「……」
私は言葉を失う。私のいた現代ならそう大昔とは思えないような気がするけれど、今は戦国時代だ。たった数百年だとしても、その差は大きい。軽く500年は超えていそうだ。1000年超えていたっておかしくない。そんな昔から、全神と迦楼羅の伝説は続いていたということになる。それと同時に、綺羅の輪廻も、きっと。
「相当長く続いたのね……」
「そうっすね。ところでここでなぞなぞです」
「……はぁ?」
何、いきなり。
そういいかけて、私は止めた。志穂は笑っているようで真剣な表情をしている。
「簡単ですよ。榊はそのとき幸せだったか、です」
「全神としての一生を迎えるのだから、悲しいんじゃないのかしら? それに皆に頼られているのだからいやな気持ちになるのだと思うし、……それにいろいろとプレッシャーがかかりそうじゃない。結構高い地位とかにいたんでしょ?」
もし自分が高い地位にいれば逃げたくなる。一日中頼られるという生活は真っ平だ。
それに、全神はいつも悲しい運命をたどっていくのだと聞いた。私にはまだ不幸が降りかかっていないけれど、そんな日は遠くないだろう。
「プレッシャー? 緊張ということでしょうかな? 確かにそういうこともあったかもしれません。でも榊は幸せでした。神様のことをいつしか愛していましたから」
「愛、してた? それって」
――――それじゃあ、全神が迦楼羅に惹かれていくというのは……。
「あなた、今迦楼羅の事が好きでしょう?」
志穂の何気ない質問。
私はゆっくりと頷いた。
「……それはね、この法則があるからなんです。他もそう。皆が自然と全神に惹かれたことも、最初の全神がそうであったから。榊と神様が歩んできた運命を、その子孫は同じことを繰り返すのです。全神は神様を恋し、やがて迦楼羅となり、そして死に逝く迦楼羅も全神に殺される。これも、神様が全神に殺されたからです」
「榊が神様を殺したの?! 愛していたのに?」
眉をひそめた私の質問を、志穂は逆に聞き返した。
「では、あなたは自分の迦楼羅を殺せますか?」
彼方を殺す。そんなこと。
――――無理に決まっているわ……!
「愛したものをこの手で殺めるのはどんなに残酷なのでしょう。しかしそれは安堵でもあるのです。他のものに殺められるくらいなら、むしろ穢れた自分の手で浄化してしまいたい、とね。私ならそう考えます。・・・・・・榊はどう考えたのでしょう。全く同じとはいえなくても似たようなところはあるでしょう」
「でも殺めてしまうのは」
悲しいはずだ。神様とどういう経緯があったのかは知らない。でも……。
「安心を、天華。榊は殺してないっすよ。殺めたのは他の人間。榊ではない全神です」
「全神? 榊以外にもいたの?」
「えぇ」
階段から軽そうな腰を上げて、一回くるっと回ってから志穂は笑う。
「当時、といっても今も同じっすけどね、全神は1人ではありませんでした。それもそうでしょう、迦楼羅、もとい神様は1人ではないのだから、他に全神がいたとしてもおかしくありません。そしてその全神うちの1人は迦楼羅に目を付け、殺めてしまいました。榊の幸せを奪ったのはその全神です」
子供で無邪気そうに見えるのに、私は見下されているような気がした。
気のせいだ。……そう、気のせい。
何もしていないのだから、その時代に私はうまれていないはずなのだから、……罪悪感を感じるというのは、きっと気のせいだ。
志穂は、目を逸らした私を気に留めず、喋り続ける。
「片目だけが赤い全神。半分迦楼羅を体に宿した全神。……あなたは、天華はその全神の生まれ変わりです」
――――あぁ、やっぱり私。
私はどれだけの罪を負わなければならないのか。現代の時代でも馬鹿なことをした記憶を持っていて、まさか昔にもそんな馬鹿なことをしていただなんて。
本当に嫌になる。
聞かなければよかった。
この時代に飛ばされなきゃ良かった。そうすれば。
――――私は何もかも知らないで過ごせたのに。
「閑(のどか)」
志穂の、かわいらしい声が諌める声に変わった。何かを咎めるような声。だけれど、発した声の言葉の意味を私は知らない。
それでも、私の背後にいる誰かに向けた言葉ということは感じ取れる。志穂らしくない顔つきだったからだ。
「この少女が来たことは言うな。いくらお前だとしても、それは私が許さない」
「他言無用。わかっている、誰にも言わない」
ふと聞こえた低すぎない声に心当たりがあった。
慌てて私は振り返る。
そんな、まさか。
「志穂も罪な巫女だな」
――――どうして、あなたがここにいるの……?
私の背後に立っていたのは男、矢彦だった。
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