雪も積もらず、快晴といったところだろうか。
 私は全神と迦楼羅の謎を少しでも分かればと思い、近くの神社へと赴いていた。その神社は彼方によると、全神と迦楼羅の発祥の地で有名なのだとか。さらには幽玄によると、その神社に奉られているのは始祖の迦楼羅だとも言っていた。お参りに行くと願い事が叶うと聞いて、全神の身である私もちょっとわくわくしてくる。迷信なんだかそうでないのか凄くあやふやだけれど、やぱり女の子はこういうことに惹かれるんだな、ってしみじみと思った。

『早く、早くして、天華。でないと』

『綺羅に殺されるよ』

 しつこい蝿のようにまとわり付く新しい記憶。
 彼らの願いをかなえるために私はこの時代へと飛んでしまったのだ。屋上から飛び降りるとき体は動かなかったとはいえ、それは事実だ。
 彼らの願い。それは綺羅の生死の輪廻を止めさせること。すなわち、この世から完全に全神と迦楼羅を消えさせることで、無駄な殺生と悲しみをなくすことだ。
 今までに彼方が願ってきた願いはいつの間にか私は叶えてきたのだけれど、容易にそれを叶える事が出来ないとなると、じっとしていられない。それに早くしないと殺されてしまうと予言までつけられてしまった。
 だからせめて全神と迦楼羅のことを知れれば、と思い、この地にやってきたのだ。
 神社の鳥居をくぐると参道が細く長々と連なり、その先に拝殿があった。思ったより小さな神社で、お金を入れて振り回す紐も小さく見えた。

「お金を入れて振り回せばいいのかしら?」

 現代のやり方と一緒なのか、ふと疑問に思う。こうまで形が一緒なのだからやってもいいじゃん。と思う。でも一応周りを見渡して、人がいないか確認してみた。だが、誰もいない。
 お金を入れることもまずお金がなければ何も始まらないことに今気づいた私は、あきらめて帰路に付こうとした時、不意に声をかけられた。

「やぁやぁ、参拝者ッすね? お待ちくださいな。そのまま帰っちゃここに来た意味がないじゃあないですか」
「だって誰もいなかったのよ」
「それは申し訳ないです。少し野暮用がありまして。ではここはひとつ、全神の面白話を聞きませんか?」

 鳥居の影から現れた小さな女の子を目にして私は少し引いた。可愛い女の子がセールスマンみたいな口調をしているのだから、普通に対処しろという方が無理だ。それに女の子は私の胸ぐらいの身長しかない。そんな子が巫女姿をしているのにも驚くしかない。
 にこにこと悪気のなさそうな女の子に、私はため息をつく。

「悪いけれど、面白い話を求めてここに来たわけじゃないの」
「ありょ?」
「真実が知りたいのだけれど……」
「変わった参拝者っすねぇ」

 あなたに言われたくないわ、と心の中で毒づく。

「参拝の時期にはちょっと早いのですよ、お客様。まだあと一月はあります」
「時間がないの、急いでいるのよ」

 急かしているつもりはないが、死の予言が頭にちらついて離れなかった。それを追い払うように、少し大きな声で喋る。

「それに参拝しに来たんじゃなくて、全神のことについて、少しでもわかれば、と思って」
「ふむふむ」

 納得して頷く女の子は、ふらふらと彷徨わせていた視線をやっと合わせたようだ。どうしてそれまでちっとも目を合わせなかったのか疑問に思っていたけれど、今度は私のほうから視線を逸らしたくなってきた。女の子の目は、何でも見通しているかのようで、少し不気味だったのだ。

「君、全神さんっすね? 知りたいのは最初の全神のことでしょうか?」
「……! 何で私が全神だってわかったの?!」

 女の子との言葉に私は目を瞠らせる。その私の態度に女の子はあぁ、と納得したように頷く。

「その片目だけが赤い人間、っていう人はそうそこら近所にいるものじゃないっすよ。君も分かっているんじゃないですか?」

 はっと右目を隠すが、もう遅い。
 最近は赤いという事がなかったのに、どうして今になって――……?
 あからさまな私の態度を一瞥した女の子は不機嫌な表情をしている。どうして目を隠すの、といわんばかりに。

――――だって、おかしいじゃない。迦楼羅じゃないのに目が赤いなんて。

「その様子だと、何故片目だけが赤いのか知らないようですね。その目は、ある全神しか起こらない現象です。いえ、特徴なのでしょう。全神という身をもちながら、半分迦楼羅を宿した、特別な全神の現れです」
「とく、べつ――……?」

 鳥居付近に立っていた女の子は私の質問に、満足げに笑う。首をかしげる様が子供らしくて、巫女装束とは合わないように感じた。本当に、かわいらしい子供だった。
 綺羅は逆に子供とは思えないほどの妖艶さを持っていたように思う。

「昔話をしましょう。――……そーでした、まず名前を名乗れと先代に言われていたのです。名乗らなければなりませんでしたな。私はここの神社の176代目の巫女を生業としております、志穂と申します」

 相手が丁重に頭を下げたのを見て、つられて私頭を下げる。

「あ、私は天華と申します」
「天華……てんか…」

 私の名前をぶつぶつと呟く。巫女装束でそんなことを呟かれると呪をかけられているようでしゃれにならないのだけれど、私は黙っておくことにした。頷きながらやっと私の名前を覚えたのか、志穂はまたにっこりと笑う。

「天上の華ですかな? いい名前です」

 子供のお世辞だと分かっていたけれど、私はその言葉に嬉しくなった。

 back // top // next
inserted by FC2 system