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―――――全神とは、あらゆる願いを叶える者。
憎むべき存在には恨む憎悪を、愛しい存在には愛でる恋を与える。
それを願うのは、神である迦楼羅。
世界を統べる支配者だが、迦楼羅は人間の目では見えない。
迦楼羅は、幽鬼。
白く長い髪と鮮血のような真っ赤な瞳を持つ、人間の形をした霊魂。
迦楼羅を、幽鬼を見る事が出来るのは限られた全神だけ。
その全神だけが、迦楼羅の願いを叶える事が出来る。
「――そして、その『全神』は一つの玉を持つ」
女の子はそう呟いた。まるで昔話でも語ろうとしているかのように。
「そなたも持っているであろう。『呪』という玉を」
「……ええ」
「玉は迦楼羅と全神をつなぐ、唯一のもの。それ故に、その存在は大きいのだ。迦楼羅と全神を決して切り離してはならぬ、切り離そうとすれば罰が起こるであろう、とな。であるから、玉は迦楼羅と全神の呪縛となるのだ」
だから、私はこの玉を持ちたくはなかったのだ。それが彼方と繋ぐひとつのものであるにしても、縛り付けられるのは嫌だったから。そしてそれを、彼方は申し訳なく思っていた。
『呪』の玉を持つことは嫌だったけれど、とても大切なものだから手放すことは出来ないんだと。
「もうひとつ、あるでしょう? 私がこの時代に来たことには、どういう理由があるの……?」
「その玉はそなたがいた時代と繋ぐものでもある。彼方の迦楼羅がそれを願ったばかりに、そなたはそれに縛り付けられてしまったのであろう」
「彼方の迦楼羅?」
どういうことだ。
彼方は迦楼羅ではないか。女の子がさっきまで言ったのだから、間違いではない。それなのに、迦楼羅のそのまた迦楼羅、とはどういう意味なのだろうか。
女の子は眉をひそめた。
「そなた、知らぬのか? ……どうやら無駄口のようじゃな」
「無駄じゃないわ! どういうことなの?!」
「そんなもの、彼方から聞けい」
「……彼方のこと、知っているんでしょう? あなたの名前とかどこの誰とか知らないけれど、彼方のこと、知っているのなら、ちょっとでもいいから教えて欲しいの……」
山賊にいた時だって、彼方は謎だった。謎仕掛けのような会話もそうさせたのかもしれないが、樋都から聞いた彼方の過去話でさえ謎だったのだ。
少しでも彼方のことを知っていたら、と思う。
――――……知っていたら?
――――知っていたら、何か変われるの?
彼方のことを知ったら、私はどうなるのか。
ただの自己満足でしかありえないのではないか。
――――ううん、違う。ただの自己満足だけじゃない。
確信はないけれど、そう思う。本当に漠然としか分からないけれど、自己満足だけではないということ、今の私では分かる。
「教えて」
目の前の女の子は、彼方に似た不遜な笑みを、また見せる。
「私の名は綺羅(きら)。全神と迦楼羅の輪廻から外れぬ者よ。そして今は誰のものでもない迦楼羅となりつつあるものじゃ」
「……全神と迦楼羅の輪廻?」
「山賊となる前の彼方のことを語る前に、そのことについて少し語ろうか」
そのまま外にいては私が凍え死にしそうだったので、部屋の中に綺羅を促した。
綺羅は渋々といった様子だったが、中に入ってまだえらそうな態度を取り続ける。……幽鬼って感覚がないのかなぁと思うのだが、どうだろう。そういえば彼方が寒そうにしているところは見た事がないような気がする。
コトン、と火鉢の中にある炭が折れ、火はいっそう強さを増した。
全神と迦楼羅の生を繰り返したという綺羅は、女の子であるにもかかわらず胡坐をかいている。前世は男だったのだろうか。
そして私を見ずに、その火鉢を見ながら口を開いた。
「そなたは全神の行く末を知らぬのじゃな」
「行く末?」
「末路じゃ。今までの全神は、決められた死に方をしておった。私もそういう死に方を幾度も繰り返しておる。それを悲観と取るか、喜悦と取るかはそなた次第であるがな」
「……どんな死に方をするの?」
綺羅は自分の首をあて、赤い目で私を見た。
「迦楼羅がいなくなったとき迦楼羅になり、そして全神に殺される運命」
――――……え?
首に当てたその手を首に絡ませて、まるで自分で首を絞めるような動きをする。
自殺なのか、とその手を見ればそう思うけれど、そうではないだろう。
おそらく、全神から首を絞められる……。
「私はそういう死に方を、何度も繰り返し、そして生まれ変わったのだ……」
「綺羅、さん」
私は、震える手を懸命に抑えて、聞いた。
「それは、私が彼方を殺してしまう、と言う意味ですか……?!」
「あぁ、そうであった、彼方は迦楼羅であったのだな。忘れておったわ」
「私が、彼方を?! そして綺羅さんを、……殺してしまう?」
ぐ、っと綺羅の白い法衣のようなものの裾を引っ張って、あの赤い瞳を覗き込んだ。
この瞳を、私と彼方が持っている。
――――……綺羅さんも彼方も、私が殺しちゃうの?
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