外を見れば、白の柔らかそうな塊がふわふわと降りていた。秋の終わりに吹いていた強い風はなく、それはなだらかに地べたに落ちて、解けていく。そして、その白い景色の中にただ1人ポツンと佇む後姿の女の子がいた。
 一目見て、幽霊かと思った。
 この部屋にいてからもう数日たち、柳という女性と矢彦の顔を見て喋る他、何もする事がなくぼんやりと過ごしていたのだ。そしていきなり戸の向こうに人がいたとなると、誰でもびっくりするに決まっている。
 それに、その女の子は銀色の髪をしていた。白い雪と混ざって最初は白髪の老けたお婆さんかと疑ってしまったが、よく見ると肌は綺麗に光っているし髪も眩い光沢を放っていた。
 不思議に思って私は外に出る。着ているものだけでは外に出る勇気がなかったけれど、柳に手配してもらった上着を着て恐る恐る戸を開け、声をかけようとした。

 途端、その女の子は振り返り、私と目が合った。

 振り返るときの女の子は優雅で、まるで大人のようだと思わせる。見た目はただの7歳近くの子供だというのに。
 そして、私は振り返った女の子の目を見て、愕然とした。

――――あかい、目が……。

 鏡の前で見た、あの時の私と同じ目だった。しかし、その女の子の目は右目だけでなく、両目が赤い。まるで人間ではない、妖のようで……。
 ふ、と女の子が不遜に笑う。

「そなたか――……」

 どうしてその女の子が笑ったかも分からないけれど、私は何故か、首を振って否定したくなってきた。

「違う」
「違うことなど、嘘を並べる気か。そなたにそんな余裕があるとはな」
「違う、私じゃない」

 睨まれているわけでもない。かといって私の体が動かなかったわけでもない。
 その場から、私は動こうとしなかった。女の子が私に言いたい事が、今分かったのだ。
 あの女の子はきっと、私が惹かれる迦楼羅で、その女の子は私が全神であることを確信して私に近づいたんだ、と。
 私は、必死に首を振り続ける。

「無駄な抵抗を」
「私は、あなたの望んでいた全神じゃない」

 今まで全神であることを思ってきた私だけれど、この時は否定したくなってきたのだ。

――――だって……。

「私はあなたの全神じゃないもの……。あなただって、私が惹かれるべきである迦楼羅ではないはずよ」
「ふん……」

 不遜の笑みを止め、女の子は無表情になった。

「間違いではないな。確かに私は、迦楼羅と慕われていた幽鬼の1人。そしてそなたは全神と言われるようになった人間の1人にしか過ぎぬ」
「幽鬼……」
「もはや人間というにはおこがましい存在と成り果てた生き物よ……。そなたも耳にしたことはあろう」

 縁に座り込む私を一瞥して、女の子はこちらまで歩いてくる。腰まである、子供とは思えないほど長い髪をなびかせて、ゆっくりと近づいてきた。

「そなたはただの全神と思っておるのであろう、己のことを」
「実際にそうなんじゃない。願いを望む迦楼羅もいなくて、口だけの役立たず。願いもなくてどうやって叶えろ、というのよ」
「自覚がないらしい。そなた、今までに幾度か、迦楼羅の願いを叶えたのだぞ?」
「え?」
「もちろん、その迦楼羅は私のことではない。そなたのたった一人である迦楼羅じゃ」
「え、ちょ……知らない、そんなこと」

 そろそろと私の所へやってきた女の子は、眉間を寄せて不愉快そうに私を見た。
 本当に、見覚えがないのだ。いつ私が願いを叶えたというのだろう。そもそも私だけの迦楼羅がいるとは思わなかった。それも、身近に。

――――私にそんな人がいた?

 人ではなく、女の子の言い分だと幽鬼、だろうか。だけど女の子のような姿形をしていた人は、見た事がないはずだ。

「可哀想よの、そなたの迦楼羅は。そなたが近くにいるだけであんなに浮かれておったのに」
「だ、誰なの? その人」
「そなたの迦楼羅は近くに寄りすぎたとて自ら離れていったのに、その全神に忘れられるとは。そなたは何と非道であることか」
「忘れるったって、それが誰なのかもわからないというのに非道は言いすぎじゃないの、あなた。そもそも迦楼羅は見えない存在のものなんでしょう? 私が知らなくても不思議じゃないはずよ」
「その言葉、迦楼羅にとってどれほど残酷なものか、そなたは知る由もなかろう。目の前に居るというのにそれを見ようとはせぬ人間の本性。それゆえに私らは幽鬼と呼ばれる羽目になったのだよ。そしてそなたの迦楼羅はそれを知られたくないが故に、その姿を隠しておった。見た目、普通の人間と変わらぬ姿に私は驚いたがね」

――――幽鬼が人間と同じ姿をしていた?

 私は目を瞠る。女の子はそれに気づき、またあの不遜な笑みを浮かべた。
 その笑みは、あの人を思い出す。
 こちらまでつられてしまうような笑みで、時たまに私を傷つけた微笑。その顔は美人で、最初から私は惹かれていた。謎かけのような会話も今となってはもう昔のように感じられる。

「彼方」

 知らず、私は恋しいあの人の名前を口にしていた。
 正面にいる女の子は目を伏せる。安心した、というように私に少し身を屈めながら。

「私の迦楼羅は、彼方だったの……?」




――――ねぇ彼方。




――――あなたは私だけの迦楼羅だったの?

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