「――誰が私を殺すと?」
「……私、じゃないの?」
「そんな虫も殺せぬような顔をする奴が私を殺せると思うのか」
「だって、全神が迦楼羅を殺してしまうって……!」

 そう、言っていたのに。
 綺羅は私が掴んでいるところを見て、ため息をつく。

「そなたは誰も殺さぬであろう。今まで殺したことがなかったように、きっとこれからも殺すことはなかろう。迦楼羅は1人ではないのだが、それと同時に全神もまた1人とは限らぬのだ」
「私ではない全神が彼方を殺すの?」

――――そんなこと、させない。

 迦楼羅という神を殺すなんて、重罪だ。どうして神を殺そうとするのか、私には分からない。
 掴んでいた手を離して、こぶしを握りしめる。彼方が死ぬのは、嫌なんだ。
 まだ見ぬ、私ではない全神を恨んだ――。

「殺さなければならぬのだろう。自分の迦楼羅を手に入れるために……」
「綺羅さん、それが誰か、分かっているみたいね。そんな口調だもの」
「いや、知らぬよ。私が知るのは些細なことだ。……知るというよりも、感じるといった方が適切であろう。予感がするのだ」
「予感?」
「そなたは何も感じなかったのか? 不意に思っていることと違うことが口についたり、漠然とそう思ったり、とかな。感覚はそのときと一緒だろう」

 ふと、私は少し前のことを思い出す。
 当てはまる行動がいくつもあるのだ。自分がそうであると確信もしていないのに、口から出てきた言葉は謎を潜めていて、いった本人である私も混乱するものだった。

 それが予感だとしたら?
 その予感が、すべて本当のことだったら?

『どうしてこんなにも彼方と私は似ているの?』

『君は迦楼羅が死んだときに、全神ではなくなってしまって、迦楼羅になるのだよ』

『迦楼羅がいなくなったとき迦楼羅になり、そして全神に殺される運命』

 もし、その予感が、彼方にもあったのなら。
 私は、本当に迦楼羅になってしまうのかもしれない。

――――迦楼羅がいなくなったとき、とは何のことなんだろう。

「綺羅さん、迦楼羅がいなくなる、ってどういう意味なの?」
「自ずと分かる。私が口出すほどでもない」
「教えてくれないんだ……」
「そなたが否定してしまう事が目に見えているからな。だがな、これだけは言わせてもらおう」

 いつの間にか組んでいた腕から視線を外して、綺羅は私のほうへと見た。

「そなたがいくら逃げようとしても、運命は変わらぬのだ」








「入りますわ」

 衣擦れの音が聞こえる。口調からして、柳だろう。

「綺羅さん、やばいよ、ここにいたら怒られちゃう!」

 以前、ここから逃げようとして柳に見つかり、酷く怒られたのだ。しかもその記憶は新しい。私がこの部屋から出るというだけで怒られたのだから、見知らぬ人がこの部屋にいることもよくないだろう。怒られたばかりなのだから尚更だ。
 何故か、こういう大変なときに綺羅はゆったりと寛いでいた。

「そなた、私の姿をあの人間に見えていると思うのか?」

――――……幽鬼って、見えないんだっけ。


「お食事です」

 しばらくして襖が開けられ、柳が中に入ってきた。そこで、私は柳の調子がいつもと違うことに気づいた。

「……柳さん、どうかした? ちょっと不機嫌、というか」

 と、唐突に柳に睨まれる。しかもすごい形相で。一体何事なのだ。

「この部屋から先ほど声が聞こえました。……相手は何処にいるのですか?」 「え! こ、声?」
「えぇ、少しばかり会話を聞かせてもらいました。あの傲慢な口調……聞いたことがあります」
「傲慢とは、失礼よの。そなた良い度胸しておる」
「――誰?!」

 幽鬼の声は普通の人には聞こえないはずなのだが、どうやら柳には聞こえるようだった。ぐるぐると周りを見渡している様子からは、姿が見えていないようだけれど。綺羅は悠然と柳の目の前にいるのだから、普通は見える場所なのだ。

「そう慌てなくてもよかろう、鬱陶しい」

 そう言って綺羅は顔をしかめ、柳のおでこを叩くフリをした。触れないのだから、もちろん音はしなかった。

「あなた、誰なのですか? 天華に何かしたら、許しません」
「どうするも何も、全神は迦楼羅のものじゃ。そなたが口出すことではない」
「迦楼羅っ……?!」
「そなた、私の声が聞こえるということは、迦楼羅に関わったものじゃな?」
「な、なんでそれを」

――――柳さんって迦楼羅の知り合い?

 迦楼羅に関わった人が迦楼羅の声が聞こえることに驚きはしたけれど、それよりも柳が関係してくることのほうに私は驚いた。
 柳は驚愕を隠せないようで、目を瞠らせた。

「……わかりましたわ、あなたは綺羅さまなのね。わたくしが関わった迦楼羅の全てを導く方」
「導く?」

 綺羅はそんなにも偉い人だったのか。いや、幽鬼か。

「……そんなことはよかろう」
「私を忘れてしまったのですか」
「誰だったかな」

 ふぅ、と柳が深呼吸をしているのが分かった。泣きそうな表情をしているけれど、それを堪えているといった感じだ。

「相模(さがみ)さまを覚えていらっしゃいますか、綺羅さま。そして相模さまの忘れ形見を」
「忘れ形見……息子か」
「二人、おりました。忘れもしません」
「……わかった、思い出した。とりあえず、この部屋から出よ」
「畏まりました」

 ふら、と蛇行していく柳の歩き方をみて、私は不安になった。倒れやしないだろうか。

「そなた、天華といったか」
「は、はい?」

 柳がまだ部屋から出ていないというのに、綺羅は私に話しかけた。

「調べものができた。彼方の昔の話は、また後日できればしよう」

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