「馬鹿者。あれだけ不興を買うなと言うたのに」

 雷は乱暴に酌をとって、飲み干した。

「何も側室を切らんでもよかろうに」
「戦は避けられぬ。仕掛けられる方よりも仕掛けに入るほうが有利なのは、お頭も判っているだろう」
「だからといってだな、横暴なやり方をせんでもよかっただろう、と言いたいんだ。もう少し相手の出方を見るべきだ。それも判らず、ただ暴れば良いってもんじゃないんだぞ。それをあの馬鹿に分かって欲しかったんだが……無意味だったようだな」

 雷は舌打ちをした後、山賊たちを睨みつけた。
 原因はその見知らぬ『馬鹿者』にあるようなのだが、八つ当たりはいけないぞ、と私は思った。今の雷ときたら酔っていそうで頭が冴えているらしく、ちょっと目にするだけで怖い。その状態にある雷がさらに睨むというのだから、睨みつけられた山賊たちは固まっていた。意識はあると思うけれど。








 そもそも雷が酔っている原因は、樋都が水と酒を間違えて雷に飲ませたことにある。雷は山賊の長だというのに酒はめっきり弱くてすぐ酔ってしまうらしい。だけど酔った雷は酔いつぶれるというわけではなく、逆にこちらのほうが冷静になるのだ。冷静すぎて周りの温度は下がるらしいけど。
 そして樋都は先ほどからずっと雷に謝っている。雷ではなくて固まった山賊たちに謝るのが普通だと思うのだけど、そんなことをしたら雷がどう思うか。
 私はふと、雷の手元を見た。
 さりげなく樋都の腰に回しているのが気に入らないが、それを言ってしまっては今度は私が固まってしまう。ので、私は後ろからずっと山賊たちの成り行きを眺めていた。

「それで、どう致す、お頭」
「どうもこうも、あの馬鹿に言ってやれ。俺はやる気が起こらない、とな。腹立たしい」
「……」
「それで何人必要だ?」

 雷は立ち上がって屋敷から出た。海道もそれに倣って立ち上がり、雷についていった。私は呆然としてそれを眺め、へろへろに萎えている樋都に話しかけた。

「あれって、どういうこと? まさか関係もないのに山賊の人を戦に連れて行くの?」
「そのまさかよ」

 泣きそうな顔をして、樋都は続けた。

「海道はどこかの武士でね、それを兼ねて山賊のお手伝いをしているの。といっても山賊の血が絶えないように、あらかじめ選んでおいた女を連れ込むだけ、だけど」

 またかぁ、と樋都は私に抱きついてきた。

「それで、その見返しというのが、海道の仕えているあのお馬鹿がいる里をお手伝いしましょう。みたいなことよ……」
「樋都、大丈夫? ちょっと最後らへん意味通じなかったけど」
「大丈夫じゃない〜、雷こわかったよぉ〜」

 本格的に泣きそうな予感がしたので、頭を撫でて落ち着かせた。

――――雷は逆に喜んでた気もしたけどね。

 多分腰に回された手のことは気づいていないんだろうなぁ、と思って私は小さく笑った。




――――戦が始まる。

 そう思うと、さっきの焦燥感がまたうずき始めた。
 時代が違うのだから、戦があるということはもちろん承知していた。そしていつ始まっても、それを止めないこともおかしくない時代なんだということも。分かっているからこそどうしようもないのだと思う。そしてそれを思うほど惨めな気持ちになる。
 果たして、私は戦をやめて欲しいと思っているのか。山賊を巻き込むようなことをした海道に責めたいと思っているのか。

――――私はどうしたいのかなぁ……?


 よく、わからない。

 ただ、戦は何かを変えるだろうということだけは分かる。

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