「お前は阿呆か」
「……」
「阿呆を通り越して馬鹿だな、愚か者。それは自分の能力を認めて言っているのか? 役立たず」
「どうせ私は阿呆で馬鹿で役立たずの愚か者ですよ!」
「それを言いたいのではなく」
「はいはい、私は自分の能力が低いのにこんな馬鹿な真似をしようとしているひよっこ同然の娘です!」
「で、そんな命知らずの娘が今山賊の長である俺になんと言ったかわかるよな?」
「『私も連れて行って』でしょ。自分の発言を忘れるほど馬鹿じゃない」

 私は腰に手を当てて雷と向かい合った。正直、向かい合いたくはなかったのだけど、しょうがない。私は覚悟したのだから。
 雷は偉そうに私と同じ格好で私を見下していた。

「で? 付いてくる理由は? 樋都や彼方がいるからか? それなら樋都と彼方を置いていくぞ。お前は来るべきじゃない」
「雷はもうわかっているんじゃないの?」

 かすかに眉をひそめ、雷は私を睨んだ。

「お頭と言え」
「お頭」
「何だ?」
「もうわかっているんじゃないの?」
「何がだ?」
「そこまで言わなきゃいけないの?」

 今度は私が眉をひそめた。

「お前……さも俺が馬鹿のように扱うのは止めろ」
「してません。でもわかるでしょう? 私が付いていこうといている理由」
「……知らん、といったら?」
「大笑いします」
「知らんが、敢えて知っていると答えよう」
「卑怯者」

 最後に樋都が割り込み、そういった。雷はまた顔をしかめて、今度は無視することにしたのか、後ろを振り返って私のほうを見ようとしなくなった。

「……融通の効かねぇお頭…」
「天華」

 樋都の横に彼方が並んで立った。これから戦の始まる原因となった里に行く事になっていたため、彼方は女装ではなく、初めて見る凛々しい男の姿となっていた。

「君は、全神だから付いていこうとしているのかい?」
「そのつもり」
「……なら止めないよ。お頭、天華の同行も許してくれ」
「彼方が言うなら仕方がないが、世話は彼方が見るのだぞ」
「わかっているよ」

 肩をすくませて、彼方は私の手を引っ張り、木の陰になるところまで連れて行かれた。
 秋が終わりかけているというのに、太陽は眩しいほどこの森を照らしている。だから彼方が木の陰に連れて行ってくれたとき、私は嬉しかった。少し涼みたいと思ったのだし。
 葉っぱが散れかけている木の下まで行くのに、彼方は無言だった。その横顔を見ても無表情だったので、私が行くことに賛成しているのかそうでないのか、わからなかった。
 ふいに、彼方は口をあけた。

「天華は本当に自分が全神だと思っている?」
「……違うの?」
「違わないね。お頭も樋都も、君のことを全神と思っているみたいだし」

 彼方は本日初めての笑顔を私に見せた。

「彼方は私が行くことに反対しているの?」
「その中間かな」
「なにそれ」

 真っ直ぐな視線に私は歯切れ悪く答えた。

――――彼方、今日変。

 いつもはへらへらと笑っているのに今日はそんなことが一切なしだ。姿が男に戻っているせいもあるのだろうが、そのほかにも理由があるのでは、と思った。

「天華がついていくると言ったことは嬉しかったよ。本当は反対もしなければいけないんだろうけど、僕は賛成だったね。全神がくるのはこの上ない頼りになるし」

 でもね、と彼方は続けた。

「僕の心情では反対かな。嬉しいけど、もどかしいんだからね。天華が完全な全神ではないことが、僕にとっての何よりの悔やみ。全神であればずっとここにいてくれるのに。まぁ、全神はそういう者なんだけど」
「完全な全神ではないと言うことは、私は迦楼羅でもあるということ?」
「そう……わかってしまったんだね?」
「教えてくれないの?」

 彼方は寂しそうな表情をした。
 その表情が、何故かあの時の少年を思い出して、私は焦った。

「君は迦楼羅が死んだときに、全神ではなくなってしまって、迦楼羅になるのだよ」




――――どうして。




――――どうしてこんなにも彼方と私は似ているのだろう。

 理由はわからないけれど、その時、漠然とそう思った。

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