現れた謎の彼。
みんなから見るアタシの第一印象は最低だと思う。どうして皆、気がつかないんだろう。 昨日までのあたしが、今日は全てが違っていた。 For Everlasting ある人はブスだと言うし、ある人は自己中だと言って、またある人はワガママだと言う。 人間社会にはいじめる人といじめられる人がいて、あたしはどちらかというといじめられる側だろう。だけど、そのいじめられる内容によっては、あたしはいじめられていないかもしれない。かといっていじめているわけでもなく、何にも属さないモノの一人だといえよう。 あたしの見た目は少しぽっちゃりとした、背の低くて目立たない体格だ。はっきりいえばブス。何もしなくてもお腹が出ているのとは違うけど、最近の若者にしてみれば十分太っている。標準体重よりちょっとオーバーしていたし。 顔は、十人並み。眉がガタガタで唇が分厚いわけじゃないけど、目は一重でつり目。その上、目が悪くて眼鏡をかけていないときなんかは怒っているわけでもないのに自然と眉間が中央に寄って、かなり厳しい人に見えるみたいだ。それを貶すようにぽこんと出た鼻に、ぶくぶく震える頬。厳しく見れば十人並み、よりも低いだろう。それがあたしの容姿。 性格は、はっきりいって最悪だ。 自分でも自覚できるほど自己中心的だし、他人に思いやることなんて、まずない。自分優先がモットーなんだから、他人なんか無視だ。いっそ、一人で暮らしていけるほど強くはないけれど、自分以外の人がいなければ、と思うときがある。そんなあたしに友達はおろか、無邪気に話しかける愚かな人もおらず、あたしは孤立していた。
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今日は陰気な空だ。 灰色に続く空。銀色の粒は見えてこないが、それでも心は落ち込む。 梅雨が近づいてくるこの季節、雨が降るなら降ってしまえばいいのに。傘を持っていこうか、などと悩んでしまう。あたしは玄関で足を止めて、空を窺った。 それから、学校へ向かう途中、思惑通り雨が降ってきたので傘を広げ、その中に落ち着いた。 「……?」 なんだろう、あれは。 大通りの裏に作られた人気のない公園の池。噴水でもない、底の深い池は近所の人に不評だと有名だ。なんでも、あそこで遊ぶ子供たちが何人かそこで溺れ、なくなったらしい。そのせいか、周りにはビニールテープが4重5重と、かなり頑丈に巻きつけられているのを知っている。底が深すぎて埋め立てることすら出来ないようだった。 その池が、かすかに光っているように見えた。 ビニールテープは子供の侵入防止するために低く巻きつけられているので、それを越えて池の中を覗くことが出来た。池は意外と綺麗だった。もしかしたら水道と繋がって水を置き換えされているのかもしれない。 そう思っていたときだった。 『……なんと、これは』 「?!」 あたしは驚いて池を凝視した。 なんか、この池がしゃべったような気がするんだけど。それだけではない。池から放たれる光も、なんだか、強くなってきている気がする。 「な、に」 『此方へ来ぬか?』 偉そうなお爺さんの口ぶりだ。 「や、やだ」 こちら、ってどこなんだろう。池の中? 水の中? それとも、あっちの世界なんだろうか。 『そうか』 相手は容易に納得できたらしく、しょんぼりしている。 その相手が心配だったわけではないけど、あたしは珍しく自分から声をかけた。 「あなた、誰。どこにいるの」 『知らずとも、良かろう』 「この池にすんでいるの? 人間じゃないの?」 『……人間、ではないな』 苦笑した雰囲気が漂った、とわかった時には光の洪水に襲われた。やがて、眩しいものが収まって目をゆっくりと開けると、池はもう元通りになっていた。 あの、偉そうな人の声もなくなっていた。 なんだったんだろう、さっきの。
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学校に着くと、不思議な光景を目にした。 隣の席の男子を囲うようにしてひとだかりができていたのだ。その中には男子はおろか、女子も混ざっていて、ネームプレートを盗み見ると後輩も混じっているようだった。老若男女、まさにそんな言葉が思い浮かび、はて、とあたしは考えた。 隣の席は空席だったはずだけど……。他人に疎いせいか、クラスの生徒の数さえ覚えていない。果たしてこの男子ってうちのクラスにいたっけ、と悩んだ。 あぁ、そうか。きっと他のクラスからきた男子で、誰もいない席を選んで座っているんだ。で、その男子がかなり有名で……。と、そう思うことにして、傘を畳みながらその人だかりの山に向かった。 「邪魔」 あたしがそう言えばはっとしてその後輩は避け、あたしはようやく席にたどり着いた。 ええと、1限目は……化学、移動教室か。早めに出なきゃいけないだろうな。 そのことだけ考えて手っ取り早くこの人ゴミから抜け出そうとして鞄の中に手を突っ込んだとき、 「里村さん」 なぜか、あたしに声をかけてきた男子。 「……なに」 不愉快表情をめいっぱい膨らませて、その男子を睨んだ。 「ねぇ、僕たち、恋人だよね?」 「はぁ?」 何を言うか、この男子。 隣の席に座っているそいつは、やっぱり、見たこともない男子だった。容姿端麗、表情が明るくて人懐っこい性格をしているな、と悟った。何の話をネタにしてこれだけの人を集めているのだろうと思っていたのだけど、なるほど。これなら何もしなくても人は彼の所へ集まってくるだろう。あたしとは違って。 でも、話の意味が通じない。 「だから、恋人同士なんだよね」 「誰が、誰と」 そんなの興味がない。ましてや、恋の話なんか。 「僕が、君と」 なんでそうなるのだろう。 「初耳」 「あれ、そうだっけ?」 そもそも、あんたと会話をしたことがないのに、どうして恋人同士になれるのだろうか。人間違いなんじゃないのか、と思った。間違えられた彼女、かわいそうになあ。 「ああ、そっか。僕が勝手に決めてたんだ」 「決めんな」 どうしてそうなる。 「僕と君、恋人。いいよね」 きっと、この男子浮かれたいだけだ。嫌われ者のあたしとつきあって、良い子ぶって、人気者になりたいだけだ。何を、これ以上好かれたいと思うのだろう。あたしと付き合って、良いことなんかあるはずもないのに。 だからこそ、あたしは否定した。 「……や」 「ん?」 「いや、ってんの」 じゃ、あたしはこれで。と、小さく呟いて、教室から出ようとした。しかし、彼の席を横切る際に腕を引っ張られ、睨みつけられた。 「何」 「図に乗ってんじゃないわよ」 あたしに喧嘩を売った人は、これまた美人な女子だった。雑誌を愛読しないあたしにとって恋愛には疎いほうだが、これはいくらなんでもわかる。嫉妬か。 「何で」 図に乗っているのはあたしじゃなくて、彼だろう。どう見たって、そう判断せざるを得ないはずだ。なのに、彼女はこうのたまう。 「榊原くんの恋人になれるのに、せっかくのチャンスを逃してどうするの?」 「…………」 は、い? 「玉の輿よ、うまくいったら。あたしたち、応援してあげるから」 「な、なんで応援してもらわなきゃならないのよ」 しっと、じゃないのか? これはなんだ? 応援? なんで? 「だって、ねえ?」 なにやら含みのある笑いで彼女は振り向いた。彼を囲う、その大勢の人たちがその言葉に反応して、彼らもまた、妖しげに笑った。 なんだろう、これ。なんだか、違う世界に嵌ってしまったように、その場から動けないでいた。 罠? でも、あたしを面白がって、何か得するだろうか。むしろそれ以前に、なんであたしに構っているのかさえ分からない。これであたしもようやくいじめられる方針でいくのだろうか? でも尚更意味が分からない。 「なんなのよ、あんたたち」 他人を嘲笑っているあたしだけど、この時ばかりはどうもそのようにはいかなかった。彼らはあたしとは違って、心から笑っているのだと思う。それも、良い意味で。でも、どうして笑うのか、分からなかった。 「何、どっきり?」 先日見た、某テレビ番組のタイトルを挙げてみるが、彼らは反応しない。 違う。そんなんじゃない。そうじゃないんだよ、この異様な空気は。彼らじゃなくて、もっと違う人なんだ……。 はっとして彼を見た。 榊原、と呼ばれた男子も笑っている。だけど、そんな次元じゃなくて、もっと深い笑みだ。怖い、本気でそう思った。 逃げられる? いや、逃げてみせる。 あたしは全力をもってその場から走り出した。
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いつもより遅く家を出て寄り道をしたのに、1限目の始まりを告げるチャイムがこんなにも遅いものだとは思わなかった。 あのあと、化学室に続々と生徒がやってきたけれど、いつものように、あたしに話しかける人はいなかった。男子はそれなりのグループではしゃぎながらやってきて、女子は数人グループで手を叩きながらおちゃらけて来た。やっぱり、いつもの光景だ。あたしに目をくれる人もおらず、チャイムがなってもまだ来ない先生に不平を言いつつも、周りの人とおしゃべりをする。 日常の範疇内だ。さっきはあたしがどうかしていたのだろう、おそらく、白昼夢を見ていたに違いない。 はぁ、と深くため息をついたあと、今まで入り口側を見ていたせいか、左側に人がいることに驚いて悲鳴をあげそうになった。 「授業中だよ」 な、なんであんたがここにいるの! 化学室で決められた席順は、基本的に教室と一緒だ。そのせいで、必然的に彼の隣になったのだろう。なんてついてないんだ、あたし。あれが夢だったら良かったのに、と何度も思った。 そこで、ようやく疑問に思った。 「誰?」 「僕? 榊原浩平だよ」 知らない。聞いた事もない。 「君は里村菜子さんだよね」 彼がそう聞いてきたので、一応頷いた。さん付けにされると、なんとなく歯痒い。いつも『あ、里村菜子だ』と指をさされていたから、どうにも腑に落ちない。 「初めて見る顔」 「やっぱり?」 「転校生」 「いや、そうじゃないよ」 と、そこで委員長が立ち上がって、準備室の方に向かった。チャイムが鳴ってから10分が経つ。先生を呼びに行ったのだろう。 それにしても、隣でこんなにも騒がしくしているのに先生は気が付かないのだろうか。 「僕はね、もとからここにいたんだ」 初めて見るのに? そう思って、ある考えにたどり着いた。 「病気とか」 つまり、病気で入院していて、教室に姿を現さなかったのか、と聞きたかった。 「僕はいたって健康だよ?」 「じゃあ、何」 「わからないかなあ。君だけ、特別だったのにな」 ますます分からない。 だんだん凝視していくあたしを、彼は突然大笑いをした。 「いやだなぁ、もう僕のことを忘れたの」 忘れたも何も、あたしは知らないはずなのに。 「知ってる人?」 「どうだろう」 あたしが知っている人なんだろうか、と思ったのに、それじゃ知らなくても同然じゃないか。 「会ったばかりだから覚えているのかと思ってた。意外と忘れるの早いんだね、里村さん」 「失礼な」 これでも、成績だけはクラス内で5位をキープしている。それしか取り柄がないんだから、頑張らないと、と思っているのに。 顔を逸らして憤慨したあたしを、彼は嗜めた。 「こっちを向いてよ、里村さん」 突然、あたしのぶっちょい頬に手の感触がして、一気に彼の方へと振り向かされた。 「な、」 なにすんのよ。 そう言おうとした言葉は、彼の人差し指で塞がれてしまう。 「君は僕のもの。逆らっては、いけないよ」 彼の目が、ギラッと光ったように見えた。 怖い。 さっきの感情が再び沸いてきて、震えてしまう。彼は気付いているはずなのに、さらに追い込むようにしてあたしの目を覗きこんだ。 怖い怖い怖い。 「逃がしは、しない」 先生、早く戻ってきて。助けて、あたしを。 だれか!
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やっぱり夢じゃなかった、ともうこれで何回再確認させられただろうか。榊原浩平、と名乗った彼はあれからも、よくわからない言葉をかけられたりした。いちいち付き合っている暇はなかったからそのほとんどは無視したのだけど。 だけど……。 「ねぇ、一緒に食べよう?」 学校指定の鞄とは違って、弁当やら体操服やらが入ったもうひとつの鞄の方に触れたとき、肩を叩かれた。 彼かと思って振り向いたら、そうじゃなかった。 なんというか、もっとありえない人たちだった。 「渡り廊下の上ね、今晴れているから絶景だと思うよ」 「里村さん、行ったことないでしょ?」 「食べよ食べよ、みんなで」 女子の、それなりににぎやかな人たちに話しかけられたのだ。昨日までには全くなかったパターン。 いいよ、と返事したわけでもないのに――否定もしていないけど、弁当を拉致され、早く早く、と背中を押されてせがまれる。な、なんなんだ、あんたたちは。 そしてたどり着いたところは、やはり渡り廊下の上の通路。 あたしの学校は、というかみんなの学校もそうなんだろうけど、鍵がかかっていて容易に入ることは許されない。だけど屋上に近いはずのこの三階の外の渡り廊下は開放されているらしい。なんて中途半端な。初めて知ったあたしもどうかと思うけど。 女子が言っていた通り、雨は知らぬ間にあがっていた。コンクリート製の渡り廊下も、雨でしっとりしている風はなく、幾分か乾いているようだった。そのコンクリートのでっぱっているところに腰をかけ、みんなもつられて座る。その間、あたしを入れて計5人だ、なんてことを考えてみたりする。 「里村さんの弁当の中身、なにかなぁ〜」 「み、見るな」 見たって普通に日の丸弁当なんだぞ。今日は遅く起きたからおかずなんか入れている暇はなかったんだ! そんなあたしの心情はつゆ知らず、みんなはわくわくとして弁当のふたを開ける。 一瞬の間、があった。 「わー、こういう展開もありだよねぇ」 「初めて見た」 いたって棒読みではなく、少なくとも感動しているようだった。こういうことに感動されてもちっとも嬉しくないあたしは弁当返して、とぶっきらぼうに言って食べ始めた。 「笑いたけりゃ、笑うが良い」 「あはは」 「笑うな!」 「えー」 む、と女子の一人が頬を膨らませた。ああ、なんか羨ましい。あたしみたいに太ってもない頬を膨らませるとは、なんか腹がたってくる。 「ねえ、なんで誘ったの」 「え?」 「何かあたしに用でもあるの?」 そうだ、あたしは本当は、これが聞きたかったんだ。 昨日まで他人の振りしていたみんなが、今日はやけに親しげなのに困惑してしまう。 「用がないと駄目?」 「いや、だって……」 話しかけようともしなかった人が突然こういうことをされたら誰だって怪しむだろうに。 それを伝えると、みんなは目を合わせて、首をかしげた。 「なんかねぇ、今日は話しかけたかったの」 「話さなきゃ、と思って」 「あたしも」 「きっと面白いだろうな、って」 面白くないだろうけどね。 そのことについては、やはりみんな曖昧らしい。それをいちいち追求することも憚れたので、違う話題を出してみた。 「じゃあ、あの男」 「男、じゃわからん」 「榊原なんとかってやつ。誰、あれ」 あたしがそう言うと、何言ってんのよ、みたいな顔をされた。 「えぇ? 知らないの?」 「有名じゃない」 「って、隣の席にいるじゃん」 「恋人のことぐらい覚えておこうよ」 次々と言われる言葉に、ちょっとムカついた。 恋人じゃないというのに。 「榊原くんっていったら、学校始まって以来の成績優秀者じゃない」 知らん。クラスであたしよりも良い人の名前は覚えているが、榊原なんて名前はない。 「部活は野球部。今年は甲子園行けるぞ、ってつい先日監督喜んでたでしょ?」 それは彼じゃなくて違う人がピッチャーを務めていて、そのチームワークが抜群に良かったからじゃなかったっけか? 「知らない人なんかいないよー。榊原くん優しいし、人気者だしねー」 だから知らないって。 「榊原くんの家も、古くからある家ですっごくお金持ちなんだから」 ああ、だから玉の輿と言っていたのか、あの時。 「で、どうやって恋人になれたの?」 最後は四人みんなではまって身を乗り出す。 あ、危ない……ここも屋上と一緒なんだから無闇に体を乗り出さないで欲しい、と思う。 「こ、恋人じゃないし、その人のこと、知らないし」 なによりも、矛盾がある。 どんなにあたしが疎いとはいえ、こんなにも有名な人なら知らないはずがない。それに、初めて見る顔だと、そう言っても彼は否定しなかった。だから今日、本来ならば転校生として紹介されるべきだ。 なのに、そうでないと言う。みんなもまるで元から彼がいたかのようにふるまっている。 『学校始まって以来』 『つい先日』 何かが、おかしい。 そして、突然あたしに降りかかってきた、この謎。 みんながみんな、昨日までの対応はなく、親しげに話しかける。もう、今日だけで一生文の会話をしてしまったような気がするのに。 どうして皆、気がつかないんだろう。 『榊原くん優しいし、人気者だしねー』 そうは思えない。優しいのかも知らないし、それよりもあの男と目を合わせると悪寒が走る。 怖い、そう体が判断する。 みんなは、感じないのだろうか。怖い、と。怪しい、と。何も感じないのだろうか、あの男を見て。
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『怖いか?』 唐突に、何処かで聞いたような声を思い出す。 『怖いなら叫べ。怖い、と。助けて、と』 それを言ったのはいつだっただろうか。とても小さい頃だったような気がする。 『そうすれば、駆けつけてやろう』 ………誰が? 「……っ」 駄目だ、そう漏らしては駄目だ。 「叫ぶ、ものか」 叫んでしまえば、認めてしまう。 自分がどんなにひ弱な人間であるのか。どれだけ他人に頼らねば、生きていけないのか。 「冗談、やめて」 あたしは強いのよ? どうしてあなたに頼らなくちゃいけないのよ。あたしは一人でも十分生きていける。他の人とは違うのよ? だから。 「……囁くな、悪魔」 あたしがボロを出す前に、そう言うのは止めて。
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昼食時の疑問を明らかにはされず、意気揚々としゃべり続けたあの女子たちは、予鈴がなるとあっけなくあたしのそばから離れて行き、教室と戻っていった。 一人で居る静寂。確かに昨日まではこの静寂に包まれていた。そして今日もそれに包まれる、はずだった。 だけど、何なのだろう。この虚無感は。 まさか、あたしが淋しいとでも思っているの? あの女子たちに囲まれて楽しいとでも思っていたの? そんなはず、ないじゃない。だって昨日までは鬱陶しく思っていたはずの女子たち。きっと向こうもあたしのことをそう思っていたわけで、それぞれお互いに関与しようとはしなかった。話しかけることすらなかった。 それなのに。 あの男。 彼が来てから全てが狂ってきている。正常に回ることができなくなった時計の秒針のように、電波がうまく入らず段々とノイズの彼方に消えゆく声優さんの声のように。はっきりとしない何かが潜り込んで、内側から破壊していく。それはまるでウイルスのように。 「……気のせい、よ」 そう言って終わらせたかった。あたしのこれからの確かな日常を歩むために。 だけど、彼は許してくれなかった。
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