Bond




X.看守と囚人ごっこ


 そこは、何ともいえない奇妙な所だった。
 里架が出てきた場所は、木のない地肌を見せている小さな山だ。トンネルのように掘り、さっき通ってきた道のようにコンクリート代わりに石を積んでいたりととても丈夫に作られている。
 それに比べれば外はまるで西洋気分だ。中世のヨーロッパに跳んで来てしまったかのような町並みが山の向こうにずらりと並んでいる。でもどこか、原始的なものを感じた。
 逃げる場所といったらそこの町並みの他に、近くにある池や石で積み上げられた大きな建物しかない。里架はそこで立ちすくみ、動けないでいた。
 だが、ここで呆然と立っていたとしてもいつかあの二人に気付かれてしまう。それだけは嫌だった。あの二人は、里架ではない他の人を見ているようで、里架にとっては孤独を感じてしまうのだ。

――冷静に考えるのよ。どうしたら元の世界へ帰れるか。

 里架が逃げている理由は元の世界へ帰る道を探すため。
 だが、そんなことは考えられるはずもない。こちらの世界に来た原因もわからないのだから。

――とりあえず逃げないと、どこか隠れる場所はないのかしら。このままでは見つかってしまうわ……。

 見つかってしまうと何をされるのか。
 介抱してくれたのだから殺されるということはありえないだろう。
 だけど、そのフリをしているだけかもしれないし、先ほどの話を聞いていると利用されそうで怖かった。


 しばらく回りを見渡し、里架は森のすぐ近くに立っている複数の大きな建物に入ることを決心した。
 建物に近くなるほど坂がきつくなる。隣の階段を使えばよかったかも、と後悔した。やっと建物の前に着き、このときになって入ろうかどうするか決心が鈍った。

――かなり大きい建物ね。ビルみたい。ドアは普通に施錠されてないようだし、不法侵入になりはしないよね……?

 数分ぐらい悩み、立ち往生すると、背後から声が聞こえた。



「待て!」



 その声に里架は思わず振り向く。
 さっきの牢屋から青年が出てきたのだ。こちらに向かって走っている。ぼんやりしているとすぐに追いつかれてしまうだろう。

 今度こそ、里架は迷わずにその建物に入った。









 ジムは、出口までの暗い牢屋をひたすら走っていた。
 曲がり角で止まり、右左見て少女がいないことを確認してからまた走る。ここは、アルの言うとおりに出口まで走るのがいいだろう。

 しかし、ここに迷い込んで出られたものなど一人もいない。
 ましてや、リカもそうだったのだ。
 出られるのはこの迷路を熟知している一部分のものだけだ。その一部分にジムやアルが入っている。壁は見慣れた石で積み上げられているが、下は土でも石でもない、黒い草だった。
 その草は毒が含まれており、一口するとすぐに死ねるという殺傷こそはないが、体の調子を崩すことは容易だろう。病人にとっては死に至る草かもしれない。そんな草だからこそ、この牢屋に入れている。

 死にたければ、すぐ死ねるように。


 しかし、今のジムにとってはこの草ではなく、他のものを入れるべきだ、と今思う。
 足音がしないのだ。土なら砂利の音、石なら高い音が聞こえただろうに、草では足音が全く聞こえない。耳のいいジムにとってはこの牢屋はあまり望ましくないものだ。
 少女が今、どこにいるかもわからないのだから。


 そう考えていると、早くも出口に出た。
 視界が広がると思うと、まぶしい光が目に入る。しかし、ジムにとっては慣れたもので、この光ごときでは目を細めない。
 すぐに周りを見渡し、少女の在りかを捜した。
 目に入ったのは森、連なっている森の横には庶民が住む町並みが並んであり、その手前には比較的大きく作られた建物。
 この大きな建物は『本部場』といわれる、この都の中心人物が集まるものみたいなものだろう。

 少女がどこに行ったのか、しばらく考えてみる。
 森の中、というわけにはいくまい。森の中に入るまでの道のりが結構ある。そう考えると街に向かった可能性も低い。
 逃げた時間のことを考えると、森の中はありえないはずだ。
 次にジムは本部場までの道に目をつけた。

―――いた!

 少女は建物の前で右往左往としている。
 そのまま声を掛けずに近づけば、きっとばれないだろう。
 そう思ったのだが少女の後姿を見て、記憶がフラッシュバックした。





『私は、ここに来てよかったと思ってる』

『この世界のことはわからないよ。でも無知でもないんだから、』

『この世界の平和ぐらい、願ったっていいでしょう?』



「――――待て!」


 そのとき、ジムは後悔した。少女が後ろを振り返ったのである。そして、建物の中に入っていった。ジムは知らないうちに、走っていた。

 なぜ、少女の後姿を見て叫んでしまったのだろう。

――……あいつがリカに似ているからだ。

 後姿を見て、リカ・サイエンと別れる前のことを思い出してしまった。
 その後姿は寂しそうで、嬉しそうで、哀しそうで、そして無知だった。
 あのあと、あのようなことがあったことなど、誰が予想できたのだろうか。
 その間、何も出来なかった自分が悔しかったのだ。だから、追いかけた。


 もう自分が悔しい思いをしないように、と。



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