どうもこの里の人たちは忍者らしくない、といつも思ってしまう。しかるべき訓練もまともに受けようとはせず、大人たちはただ黒い忍び装束を着ているだけで、ちゃんと働いているのかも怪しい。里の前当主の相模は、なんと一人でいくつもの集落を滅ぼしたというのだが、その相模の息子までもがそうとは言えない。というより、そうは見えない。閑は桜がいつも通りに稽古を始めると、どこからかひょっこりと現われて邪魔をするのだ。邪魔といっても、稽古をする桜のそばで独り言を呟いているだけ。それを無視すればいいのだろうが、いかんせん桜には未熟なため、その集中力を持ち合わせていなかった。
 話しかけてくる言葉は、実に色々だった。桜にどの季節が好きなのかと問えば自分はこの季節が好きだと言う。そしてそこから話は展開してあらゆる行事や花や出来事を披露していく。尽きることのない話には呆れてしまうのだが、閑の知識の膨大さに惹かれてしまうことも否めない。もともと武芸よりも学を好んだ桜にとって閑は嫌いな人物ではない。閑は相模の血を引き継いだにもかかわらず、あまり戦争を好まないという。そう言われてみれば、閑が稽古をしているところなんて、このかた見たことがない。ふと、桜は当主が強くなくても里を維持できるのだろうかと思った。兵は指揮さえ上手く執れることができれば勝利に導く。だが、忍者はそういうわけにはいかない。個別の力量も大事になってくるのだ。そんな忍者の長が訓練しないというのは一大事のはずだった。そんな風に唆した桜だったが、やはり知的な閑には敵うわけもなく、まともな稽古もできずにそうして一日が終わっていく。
 それが、桜が離れで過ごすようになってからの日常だった。








 本日もまた、いつもの庭で一人稽古をつけていると、真正面から堂々と妨害する人物が現れた。

「よぉ、九卿。お前また憂さ晴らしでもしているのか?」
「憂さ晴らしではない、稽古だ」

 無視すればいいのに、と思いつつ気に入らない単語に反応してしまい、我慢が出来なくなった。

「何の用だ、閑」
「義理とはいえ、俺らは兄弟なんだぞ。習慣にならって俺を兄と呼ぶのが筋だろう」
「その話はもう何回も聞いた。だから閑は一体何の用で来たの」

 閑と呼ぶことに固執する自分は我儘だとは思うが、閑も意外にしつこかったりするのだ。
 閑が沈黙を開け、桜は話しかけられて止まった素振りを再び再開させた。するとすぐさま閑が口を開く。

「九卿、お前は俺が双子だということを知らなかったんだよな」

 素振りを止めず、首だけ縦に振った。
 確かに閑が双子だということを知らなかった。現当主はまだ明らかにされていないため代当主として柳が就いているのだが、それだけでは里がまとまるはずがない。そこで次期当主として長老から桜が推されたのだが――。

「ということは、お前は俺の片割れを知らない。そういうことだな?」

 これもまた、無言で頷く。
 いくら桜が知らなかったとはいえ、次期当主は二人ではなく、三人となった。これは紛れもなく事実だ。だが、閑の片割れは、ここ数日離れにいるものの見たことがなかった。次期当主として他の里へ赴いているのか、それとも離れではなく別の住まいにいるのか。気になる桜だったが、離れにいる者の誰もが、柳でさえその存在を口に出さないのだ。唯一双子がいると聞いたのは閑だけであったので、果たして嘘なのだろうかと疑いたくもなってきた。
 しばらくして雑念が交わってきたので素振りをやめると、閑は眉をひそめて桜に問うた。

「お前は当主になりたいのか?」
「閑こそ、当主になりたいの?」

 双子の片割れということ以外に疑問を持ったことといえば、それは閑の当主への執着心だった。
 稽古をしないところを見ると、閑は当主になる気がないのだろうかと思った。だが、桜が当主候補だと判明してからは目の色を変えたのだ。まるで桜を当主にさせないとでも言うように。
 これ幸いとここ数日で鍛えられた口舌で言い返したのだが、やはり閑はこう答えた。

「……なぜそれを答えねばならない?」
「なら、聞くな」

――――私は、当主になりたい。長老に促されたからじゃなくて、本当に心からそう思ったから。

 きっと当主になることで、自分の存在が認められるからだろう。やはりまだ、長老と両親からの縛りから抜けきれなかった。だけど、当主になれば、それもなくなるのだろう。いつの日か、きっと。

「……裏で紀伊がお前を呼んでいたぞ」

 思索に耽っていた閑は、まだ渋い顔をしている。

「紀伊が?」

 紀伊は桜が女であることを承知している。桜は相模の血をひく一方で、紀伊の血も繋がっていて、いわゆる親戚にあたる紀伊は、桜の何よりも相談相手だった。

――――私を呼んでいる? 何故だろう。

 桜はすぐさま離れの裏へと行った。
2008.03.03

 back // top // next
inserted by FC2 system