初めて身につける振袖の重さに思わず顔をしかめる。まだ着付けの最中だからといって、腕を持ち上げたまま動かないようにしなさいと言われたが、何かよくわからないとても重いものを頭に付けられて、安定させようとすることでさえかなりの労力が必要だ。よくもまぁ、柳と天華はこんな重いものを乗せて平気でいられたものだ。

「それは晴れ着のときだけよ。毎日着るのはさすがに私も嫌だわ」

 頭のかんむり、重いでしょう? と柳に聞かれて迷わずに頷いた。その拍子に何かがずれ、頭の飾り物が畳に落ちる前に天華が掴まえた。

「動かないでってば、桜。女がたったこれしきの事で弱ってどうするの」
「だって……」

 重いものは重いのだ。まだ着付けが始まって半刻しかたっていないが、飾り付けが終わるころには亀の首のように縮んでしまうのでは、と冗談もなく思ってしまう。
 だけど、このままじゃ駄目だ。女に戻る、とつい先日この目の前にいる少女に告げたのだから。義兄のために、そして自分のためにと。

――――桜が、あなたが男だったらよかったのに……。

 桜、なんて名前は何年振りだろう。長老に命ぜられてこの屋敷に過ごすことになって柳に初めて会ったそのとき以来耳にしたこともなかった。長老も本当の両親も、桜である自分を嫌っていたから、その当人たちが桜という名前を出すことは今もない。もちろん、桜の正体を知るはずのない義兄は始終口にしたことはなかったけれど。

「でもいい決断だったと思うわ」
「天華?」
「矢彦、驚くでしょうね」
「……私を本当の弟の九卿だと、素直に信じてたもの。今まで裏切りをしているようで、本当のことを言うのが怖かった。ただそばにいて、一緒にいればいいと思っていた。そうすれば矢彦は自分の幸せをいつか見つけられるだろうって。だから、天華が現れた時に踏ん切りが付いたの。私は本当の姿に戻って本当のことを言うのが正しいってね。……でもこうして元服を終えた私が、女の身に戻ってまたこのような儀式に出るのはおかしな話ね」

 いま着ている煌びやかな着物の柄は冬模様だ。赤と黄色が交じった椿が映えるその傍らにひっそりと水仙が描かれていて、端から続く川の流れに胸辺りに日光できらきらと輝いている。それに合わせた帯は薄紫の藤。選んでくれた天華に季節が違うのだけど、と文句を言うと、そんなこと現代人に聞かないでよと見当はずれな答えを返された。色が絶妙に合うから良い。でも藤が初夏なのは矢彦でも知っていることだけど……天華は花に興味がないのだろうか。せっかく名前に華って名前が付けられているのに、もったいない。
 そういえば元服では花を一度も扱わなかった。長老も参加された儀式だったから厳粛だったのだ。今のような華やかさがちっともなくて、日とろうそくに照らされた矢彦と閑の顔の調子ばかり窺っていたことしか覚えがない。その時は、大人になることが怖かった。

「いいんじゃない? 儀式はあってもなくても同じことだと思うよ。私の時代にも成人式ってあってね、昔の友達とか会ったりするのだけど……儀式自体にこれはこうでなくてはいけないという風なことはないもの。ただ自分は大人になったという証が欲しいんじゃないかな。九卿、いえ、桜はこれから大人になるのよ。これからは誰にも縛り付けられない、本来の女としての人生を」

 天華はゆるやかにほほ笑んだ。やっぱり、この人には敵わない。初めて会ったときからこうだった。


「……本来の私…」





 長老に命ぜられるまでの自分は、どうだったのだろう。
 親の愛を求めて、長老に従っていたあの頃。
 まだ矢彦と閑の正体すら知らなかった。
 ようやく知ったのは閑の口から双子の存在を聞いた時。
 そして男となってわかったのは、双子は互いに知らなさすぎた双子でしかなかったこと。
 閑は己のわがままと矢彦の地位に固執していて、矢彦は自分の命でさえ全てのことに興味がなかった。
 その微かなずれがおかしいほどに二人の仲を引き裂いているように見えたのだ。
 だから自分が何とかしなくては、と思えるようになった。

 それまではただ無闇に暴れていただけ。




 桜、もとい九卿視点の過去編です。天華の出番はないですが、閑とか志穂が出ます。
2008.01.27

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