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『拝啓
庭の上にも春らしい温もりを感じるようになりました。その後、お変わりなくお過ごしでいらっしゃいますか。私は、相変わらず元気に毎日を過ごしております。
さて、先日、そちらの……ええい、ややこしい、やっぱタメでいくわ。
現代の時間では、夏になった頃かしら? 今、こっちでは冬が終わって春に移り変わろうとしているところ。寒い地方にいるから、もう春になったかもしれないかもね。まだ桜がつぼみなのだけど。
七海がいた現代から飛んで、はや一年が経ちました。早いでしょう? この一年、本当に色々なことがあったのよ。
例えば、浜……。』
「ちょうどいいところにきたわね。ちょっと頼みたい事があるの」
自分の部屋から出て廊下を横切ろうとすると、真横から話しかけられ、私は肩をびくつかせた。
「な、何」
「……ほんの少しだけ、身代わりになって欲しいのよ」
両手を胸の前に組んで、お願いのポーズをとる浜。
何故か分からないけれど、最近、よく浜と親しく出来ているような気がする。
「身代わり、って」
「わたしくの代わりに、ただ話をするだけで良いから」
「話?」
「……わたくし、向かないのよこういうことって」
「は、い?」
「では頼みましたよ」
「ま、まってーーーー!」
私の呼び止める声を無視して、浜はそそくさとどこかへいってしまった。
話って、誰とするんだろう……そもそも、何を話さなければならないのさ。
その後、朝餉をとって庭に植えた花木の世話をしてやろうかとその道筋をたどって行くと、なにやらとんでもないことを話していそうな女官さんたちの集まりに遭遇した。しまった、ここって井戸端会議が開かれる所だったのか。
女官さんたちは、はっきりいってとんでもない噂を流したりするから、あまり関わりたくないと思い、その場から離れようとしたのに女官さんたちの一人が目敏く私を見つけてしまう。
「天華さま」
一人がそう言うと、他の人たちの視線がわらわらと私の方へ向くのを感じた。かすかに浜さまじゃなかったわ、と残念がっている声がする。もしかして身代わり、とは女官さんたちの噂話に耳を傾けろということか。
「ねぇ、聞きました?」
「な、なにを」
始まった。女官さんたちの大好きな噂話が。
「浜さまの婚礼が行われるって」
「え!」
「殿の正室から離れてしまわれたから、冷や冷やしていたのですけど」
すみません、それ私が原因です。
「なんでも、正室に招かれるそうですわ。浜さま、素敵な方ですものね」
「だ、誰に」
「高杉家の主人ですわ」
誰じゃい。
私の戸惑いはつゆ知らず、女官さんたちはあーだこーだその高杉家の主人について、褒め称えている。よほど有名な人なんだろうけれど、歴史に残っていない限り、私が知るはずもない。わかるのはおそらく戦国大名であるということだけ。
「聞いてない、婚礼とか正室とか」
「浜さまからお聞きになられなかったのですね」
もしや、と思った。浜はこの話を聞かせるためだけにお願いしたのではなかろうか。
「……」
九卿からわがまま娘だと聞いたけれど、どっちかというと素直じゃない娘みたく感じる。私に直接いえば良いものを、こんなにも遠回りさせて私に報告させている所をみると、まだまだ子供だ。
まぁ、こういうことを何気なく報告してくれているのだから浜との仲は進歩しているだろう。
……多分。
『浜はね、少しずつだけど私に話しかけてくれるから、最初のような気まずさはもうないのよ。ここに来て一番嬉しかったのはそれかな。
あ、そういえば、この間樋都が遊びに来たのよ。遊びに来た、というよりいつかの取引の忍術を体得しに来たんだよね。そしたら……。』
「てーんーかぁー!」
突然の来訪者に抱きつかれて眩暈がするも、私は心から再会に喜んだ。
「樋都」
「あのねあのね、雷がねっ」
再会してからの話がこれだ。雷なんざどうでもいいのだけど、樋都の機嫌を損ねないようにと大人しく聞くフリをした。
「う、うん。雷がどうした」
「骨折したのよ!」
「こ、骨折?! 大丈夫なの? どこ骨折したわけ?」
「山賊の誰かが喧嘩をして、それを止めに入ったらあばら骨をべきっと……」
「うはぁ……」
「今絶対安静のくせして歩き回ったりするの。この間なんか寒中水泳を」
「ぎぇ」
「それに気が付かずに海道趣味の魚なんかを放っていたりしていたら雷がいきなり叫びだして」
なんというか、もう聞きたくない。
「悪化した」
「そりゃなるよ」
それでね、とまた話を切り出した樋都に矢彦が割り込む。正直ほっとした。雷の話題はもう十分だ。
樋都は不機嫌になってはいたが、本来の目的がそれではないことに分かっていたのか、またねと手を振って別れた。その後雷の話になることを覚悟して訪れた夜だったが、矢彦に口止めされたのか、雷の話題が出ることはなかった。
少し申し訳ないように思ったのだけれど、楽しかったので忘れることにしたのだ。
うん、矢彦に感謝あるのみ。
『樋都は相変わらず、ベタ惚れだったからもう言うことないわね。千鳥の話とか、他の女の人の話が出ているあたり、女嫌いは直っていそうだったし。というか、女嫌いならなんで私は平気なのか訝しく思ったのだけど……。
あと、幽玄。あの後も何回か神代に遊びに、というか彼方の墓参りしに行ったのだけど、あの人、本当に女癖悪いのね。どんなことがあったのかは想像に任せます。
さて、最後に矢彦。浜みたいに婚礼を挙げるつもりはないけれど、私の正室行きが決まり、それなりに幸せに過ごしています。大抵は暇で暇で仕方ないから趣味でもない花を生けたりして遊んでいるの。だって学校もテレビもないし、喋る人はいるけれど当たり前のように嗜好が合わないし、外で九卿と鬼ごっこしていたらみっともないって怒られたし……。今ではたまにみんなに内緒で二人でかくれんぼをするぐらい。身が詰まる思いばかりで嫌になるわ、全く。七海が後押ししてくれたおかげか、矢彦とは何も言わなくてもわかるくらいに発達、いえ進歩しました。
七海もあれからどうしているかしら。私は現代のことが気になって時々帰りたくなるけれど、みんな元気にしている? 七海も元気にしているでしょうね?
さてと、これぐらいにしておいて、これから暑くなっていきます。どうぞ、体を大切にしてね。
敬具』
『追伸
そういえば紀伊に聞いたのだけど、相模の近くにあったはずの神さまの墓がなくなったんだって。未練がなくなったと思ったらいいのかしら? このことが良い意味であることを願うわ。』
<< あとがき? >>
天華が七海に宛てた手紙の内容。本編終了から一年後。かといってあまり恋愛沙汰にはしていません。
この章はあさうみさまのリクエスト小説です。期限がゴールデンウィークまでに仕上げる、はずだったのですが(汗) すみません、多忙とネタ切れでそれまでにアップ出来ませんでした……。
合縁奇縁 // あいえんきえん
《人の交わりには自ずから気心の合う合わないがあるが、それもみな不思議な縁によるものであるという意。》
2007.05.18
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