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わいわいがやがやと、盛り上がった居酒屋では誰もが顔を赤くして肩を叩きあい、約一ヶ月ぶりの再会を喜んでいた。3月最初に卒業してそれから試験に追い込まれ、合格できた者も浪人決定した者も全員この場に集まって語りだしている。正午には学校に集まって先生に報告し、離任式を眺めてそれからこの場へと着いた。
私のクラスでは進学クラスということもあって、皆どこかしらの大学や専門学校に合格していた。本来なら私もふざけあってその一員に入っているはずだった。
けれど、今はそんな元気がない。
「どーした、やっぱ酒はまずいか? 酔って気持ち悪いのか?」
七海が私の席の隣に腰かけ、聞いてきた。普通のコップにビールを飲んでいるだけなのでちっとも酔えない。未成年だから、という配慮もあるわけでなく、ただ乗り気にならないだけなのだ。
首を振って否定すると、七海は眉をひそめた。
「元気ないじゃん。朝はあたしより元気だったじゃ−ん? どうしたんだい、屋上にいたときからそんな感じだったぞ」
「…………ん、酔ってないから大丈夫」
「そう?」
それからは沈黙が漂った。
向こう側ではクラス中心だった男子がコントをやっていて、皆は向こうにいっている。私はそれをぼんやりと眺め、七海はビールがたくさん入った大きなグラスを抱えて飲んでいた。
「天華さぁ」
ポツリと呟いた七海に何、と生返事をする。
「屋上から飛び降りたんだってね?」
「……っ! ………なんで…」
「あれ、ビンゴ?」
冗談で言ったのに、と七海は目を丸くした。
言われてから私は気が付いた。そうだ、飛び降りたのは向こうの時代に行くためだけであって、戻ってきた今は誰にも分からないはずだ。それに屋上は目に付きにくい場所なのだから、まず誰かに見られるということはない。
冗談だと気がついて、それでも動揺は隠せることが出来なかった。
「だって立ち入り禁止なんだよ、今。なんかあたしらが入学する前飛び降り自殺した人がいたみたいでさぁ。で、天華が屋上にいってフェンスにしがみついていたから飛び降り自殺したかったんじゃないのかなぁと……まぁ冗談半分で考えていたんだけど」
マジで本気だったの? と聞かれ、私は首を振った。飛び降りるつもりはなかった。体が勝手に動いただけだ。
だけど、飛び降りたのは事実。誰が見ていなくても、私が怪我をしていなくても、飛び降りた時の感覚は一生忘れられない。
ふと、風にさらわれたときの浜の表情を思い出した。あの表情は絶望だった。私もあんな表情をしていたのだろうか。手を伸ばして、そして紀伊に否定されたとき、あんな風に絶望を感じていただろうか。
今は、絶望には感じていない。少なくとも。ただ、淋しく思うだけ。
「なぁんだ、思いつめているのかと焦っちゃうじゃない」
「大学合格できたのに?」
「合格できたならできたでめいっぱい喜んでよね。天華が落ち込んでたらあたしも元気でないんだぞ?何かあったらあたしに言って頂戴。そしたら何か助言でもしてあげるわ、無料で。って、あたしも偉いことは言えないけどさ。ほら、なんか言ってみな、あたしに」
ころころ変わる七海の表情。長い間見なかった親しい友の顔。とても頼りがいのある友人だったといつでも誇れた。今思えば、とても懐かしく思うものだった。
けれど、今私が欲しいと思うのは大学への進学ではなく、友達との再会でもなくて――……。
「――戻りたいの」
どうしてこんなにも悲しいと思うのだろう。
どうして戻れないと思うとこんなにも辛いのだろう。
涙がそんな想いを全て吐き出してしまえば良いのに。
「ほう? んで天華は右目治ったんだ?」
「……みたい」
「よかったじゃん。いや、よくはないか。いやいや、でもあたしとしてはまた天華と会えたのが嬉しいしなぁ」
私が七海に全てを説明した時は、もうすでに日が暮れていた。
居酒屋の中にいる元クラスメートたちはほどほどに落ち着いてきて、酔っ払った人たちも寝ている人たちも、あれほど騒いでいたとは思えないくらいに静かになった。
それを見計らって解散するぞー、と元委員長が声を張り上げ、今はほんの数人しかこの居酒屋に残っていない。これから増えるのはサラリーマンだけだろう。このまま未成年が残るべきではない。
七海がひとまず今日はあたしの家に泊まろうか、と提案したので私は頷いた。家に帰っても親はいない。大学が決まった時から一人暮らしをはじめたのだから、どうせなら一人でいるよりかは友達といる方が落ち着くかもしれないと思ったのだ。
「今日だけは無料よ? 次泊まるときは高いお金取るから承知しなさいよ」
にっこりと笑う七海に、私は少しだけ気が安らいだような気がした。
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