ついた場所は相模の墓の前だった。今日は昨日とは違い、曇天で雷がごろごろと遠くの方で鳴っている。

「何なのよ、あなた」

 浜は私をぎっと睨み、顔を紅潮させていた。おそらく女官からあの話を聞いてしまったのだろう。否定できるわけもなく俯いていると、ふつふつと浜への怒りが沸いてきた。

「成宮さまの許婚はわたくしなのよ?」
「――それが、何?」
「……っ!」
「許婚だからといって愛し合うことはないのでしょう? それを了承して婚約したんじゃないの、あなたたちは」
「何でも知っている風な口をしないで!」
「知らないけれど、大体の結婚はそんなものじゃない。うまくいかないからって、それを全部私に押し付けないでよ。不愉快よ」

 よくもまぁ、つらつらと悪言がいえるなと私は苦笑した。何も知らない浜に腹を立てのだから仕方ない。浜はそれなりに頑張ったのだろうけれど、私だって何もしていないわけじゃない。諦めかけて、それでも矢彦は私を迎えに来てくれて。ようやく私は正面から向かい合うことが出来る状態になったのだから。

――――誰にも、邪魔されたくない。

「あなたは未来から来たと、紀伊から聞いたわ」

 浜は涙目に私を睨んだ。

「紀伊が言っていたわ。もう、綺羅の輪廻が終わるのだと。ここは、その始まりの原点なのよ」

 そう言って、浜は相模の墓を指差した。
 紀伊が、綺羅と関係あったのだろうか。いや、それよりも。

――――綺羅の輪廻が終わる?

 俄かに、先日ここで感じた不安が甦ってきた。まるで私がここに存在していないような、大きな不安感。まさか、と私は身を乗り出した。

「あなたは未来に戻る時が来たのよ」

 時が止まったように感じた。
 浜は眉をひそめているだけでどのような表情をしているのかも分からないし、それを解析しようという気も起こらなかった。ただ、浜の言葉だけが私の頭の中でぐるぐると回っている。

「帰って、しまうの?」
「だからここへ連れてきたのよ。あなたはここにいるべきじゃないって、あなたも分かっているんでしょう?」

 分かっている。だからこそ、帰るのに躊躇う。
 どうして、今なのか。どうして昨日じゃなかったのだろう。昨日だったら、躊躇わなかったのかもしれない。心残りだけで去ることが出来たかもしれないのに。

――――今日は、それが出来ない。

「――帰りたくない」

 ポツリと呟くと、ざぁっと風が吹き荒れた。

「……っ!」

 風は真っ先に私を追いかけ、私の体が宙に浮かんだ。

「天華!」

 それに気付いた浜は私に手を伸ばそうとする。けれど、突然後ろから現れた紀伊に手を掴まれ、浜の目には失望が浮かんだ。

「天華ぁ!」

 風は私だけを運んで、悠々と動く。横には大きな相模の墓が見える。それも横切ると、私の体は空に投げられた。
 どうして空なんだろう、と墓があったところを見ると、墓からの手前に地面がなかった。墓の背景に森が切り開いて青く見えたのは、崖だったのだ。
 そして風が止み、私の体は落下を始めた。




「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」

 浜の叫び声を聞きながら。








「いやっ天華!」

 ようやく紀伊から手を離されて崖の下を見た。底は森で見えないけれど、天華はいなかった。
 浜は目から流れそうになる涙を抑えて、紀伊を睨んだ。

「どうして止めるのよ?! 天華に何かあったらどうするのよ!」

 紀伊は何も言わず浜を支えようとするが、浜はその手を払った。

「触らないで」
「……」
「なんで余計なことをするのよ、わたくしはあなたの恩人なのでしょう?」
「恩人の言うことに逆らわぬ、つもりだ」
「だったら、何故わたくしを止めたの?!」
「それが綺羅の最後の願いだったからだ」
「……綺羅の?」

 全神と迦楼羅の話は少しだけ紀伊から聞いていた浜は固まった。

「あの風は、綺羅なんだ。綺羅が未来へ連れていった」

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