私は神さまに恋をしていた。傍に居る事がとても嬉しくて、神さまが笑っていてくれるなら何でもしようと思った。
 神さまは人間が好きだった。人間の願いを叶えようとした。でも人間の目には神さまは写っていなくて、神さまは寂しそうにそこに住んでいた。私はなんとかして気を紛らわせてあげたくて、人間と神さまの間に入った。
 どうして私だけが神さまのことが見えるのだろうと思った。けれど、それを必死に考えたとしてもすんなりと答えが出るわけじゃなく、まぁいいか、と考えることを放棄したのだ。
 赤の全神が来るまでは、本当に幸せだったと思う。この幸せがなくなってしまうのが怖くなるほど、幸せに感じていた。恐れていたことはそう、簡単に訪れてきて。
 片目だけ赤い男は、私だけの特権を奪った。神さまの傍に居るのは私だけでいいはずなのに、悠々と神さまの隣に座っているのがとても憎たらしく思って、そしてその感情が神さまに気付かれてしまったのだ。どんなに弁明しようとしても、神さまは私が悪い、の一点張りで尚更あの男が悪いのだと思うようになってきて、神さまは優しく私をなだめるだけだった。

 そして、あの男は神さまを殺してしまった。

 激情に駆られて何があったのかはあまり覚えていない。ふと目が覚めたそこは何もなくて、赤ん坊の姿で私は生まれ変わっていたのだった。そうして私はその繰り返し、輪廻を続けてきた。
 その間にも、あの男は幾度か生まれ変わっていた。神さまの一部であったあの大きな数珠のかけらを持っていたことが羨ましくて憎たらしくて、私は全神と迦楼羅の運命に突っ込んだ。
 皆みんな、私と同じ末路をたどるがいい。そうすれば、私の報復は果たされる。
 全神と迦楼羅は面白いように抗っていた。だけどあの男だけはすんなりと受け入れて、ちっとも面白くなかった。抵抗しないあの男の生まれ変わりだけが、私を惨めにしていた。




 そして、今の時代。
 世紀に数人しか生まれない全神はこの時、結構な人数で生まれてきた。
 ふと、不安になった。もしかして、これで終わるのだろうかと。いや、そんなはずはない。私はまだ恨みを晴らせていない。こんなところで終わってたまるか、と。
 そこで目に付けたのは『混』の玉を持つみすぼらしい女。新しい屋敷に連れて行かれて怯えている様が何ともいえなかった。面白い、とは少し違った感情に私は興味を持った。
 女は自分を連れてきた男に惚れていた。私はすぐに悟った。この二人は愛し合っている、と。全神が迦楼羅に惹かれるのは今までは当たり前だった。だけど、本当の意味で愛していた人間はいない。だけどこの二人は違う。私は、二人の仲をぶち壊してしまいたかった。
 私の前に突然現れた男は相模と名乗り、私のことを全神と言った。何故、わかるのだろう。二人と別れてからもずっとそれに悩まされていた。それが分かったのは、男が神さまの生まれ変わりだと知られたからだ。
 二人に会うまでの私は、正直疲れていた。いつまで恨めばいいのか、見えない終わりに眠りたい衝動に駆られたときもある。これで終わってしまうのか、と不安になった時、密かにようやく終わるのかと安心した自分もいた。

 もう終わってもいいだろう。私は、疲れた。

 だが、そう思った矢先のことだった。男は正真正銘神さまの生まれ変わりで、あの女を愛していると言う。許せなかった。私だけが果てのない旅に出ていて、その間に私の想い人は違う人を想っていたのだから。
 私は男の首に手を伸ばした。身長差はあるものの、そんなものは関係なかった。夢中になって、ふと気付くと男の頬は冷たかった。声をかけても、男は起きることがなく目を閉じて安らかに逝ってしまった。
 私はついに愛しかった神さままでも殺してしまった。
 あぁ、どうしよう。
 どうすればいい? 私はこれからどうやって生きていけばいい? このまま赤の全神を恨むべきなのだろうか? 私も、神さまに手をかけてしまったというのに?
 自分の手をずっと眺めていると、泣き声が聞こえ、そちらに目をやった。そこにいたのは小さな子供の紀伊だった。男の死体を見て泣いているのだと思った。紀伊は男を慕っていた。遊んでやると私が紀伊の世話をした時も、ずっと男の英雄の話をしては憧れているのだと言っていたのだから。
 だけど、紀伊は私の名前を呼んで泣き喚いている。どうした、と声をかけると体をびくつかせながらも、私の姿が見えなくなってしまったと言う。それは私が幽鬼になったせいだろう。紀伊は私が居なくなって淋しいとぐずりだす。

 あぁ、なんてこの子は愛しいんだろう。私はそう思った。だからなのか。私が神さまを殺めてしまっても、悲しいという気持ちはなかった。これからどうしようかということだけ、頭の中をめぐった。


 あぁ、私は。
 神さま以上に愛しい人を見つけてしまった。




 それから私はついに終わってしまうのだと思うようになった。それならば、遠い私が持っていた憎しみの残りを全て吐き出してしまおう。そうすれば私は終わる。全てが終わる。




 偶然見つけた赤目の娘。私はその娘が未来からやってきた赤の全神の生まれ変わりとわかった。この娘も私を受け入れてくれるだろうか。この娘で最後にしよう。思いのままの憎しみをぶつけよう。
 突如、唄が耳に入った。
 うしろのしょうめん だれ、その節が終えると娘は黙り、悲しげな表情になる。懐にある『呪』の玉がぼんやりと輝いているのを私は見逃さなかった。
 後ろの正面は、未来。その未来に自分たちは居ない。全神も迦楼羅も、何もかも消されてしまった実に現実的な世界。そこに暮らしてきた娘はこの時代が怪しく思えただろう。
 未来には自分がいないことに、私は安堵する。




「全て終わったのだよ」

 私は密かに付いてきた人物に声をかける。木の影からひょっこり現れた人は、紀伊だった。あれから大きくなってしまって、最初は誰なのかさっぱりわからなかった。けれど、今もいとおしいと思える人。

「綺羅、ようやく見えた。なんだ、あまり変わってないんだな」
「私は死んだからな。前に来たここも、あまり変わっておらぬ。前もこんな風に雄大な空を眺めたものよ。……だが、お前は随分と変わった。人は私が知らぬ間にどんどんと変わっていくのだ。怖いほどに」

 紀伊は私の横に腰かけ、私の顔をじっと見る。もう私は幽鬼でないのだから姿が見えるのだろう。それにしてもこの身長差は何なのだろうな、と苦笑してしまう。

「年の功だ」
「……紀伊も年をとるか。私だけが放り出されて、空しいな」
「変わらない綺羅が、俺は羨ましい」
「私は……変わった。この心境も今ではすっきりしている。もう終わったのだと、私は安心できるよ」

 不躾な紀伊の視線をよそに、大きな石の墓に手をやる。それにしても、こんな近くに相模の墓があったとは考えもしなかった。

「紀伊、この先に小さな墓があるのを覚えているか?」
「小さい時の遊び場だ。覚えているよ」
「あれは、私が作った神さまの墓だ。相模の墓とこんなにも近いとは、正直運命ではないかと思ってしまう。魂が一緒なのだから否定はせぬが・・・・・・」
「綺羅…」

 知らぬ間に涙があふれてきた。紀伊は何も言わず、私の頭を撫でてくれる。根は優しいところは変わらない紀伊が、とても眩しく見えた。

「紀伊、最後の願いだ。お前は全神ではないが……」

 目の前の紀伊は一瞬目を丸くして、笑った。幼い時に見た無邪気な笑み。

「最後の全神になってやるよ。願いは何?」



「天華を元の世界に戻そう。そうして全神と迦楼羅は全て滅びる」

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