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小さい頃は両親と祖母がいて、それなりにいい家に生まれ、幸せに暮らしていた。
でも今の世は下克上の時代。下の者が将軍や君主を殺めて上にせり上がる時代。それなりの地位を持っていた父は臣下に殺められ、母と私と祖母は囚われの身となった。
捕虜されてからは祖母の体が弱まり、母は病に倒れ、二人とも一年も経たずに亡くなってしまった。
1人残された私。
家族も居らず、身知った者はみな私を見下し、辛い生活を強いられるようになった。
二十歳をこえた頃、私の住んでいた里が何者かに襲われた。相手はただ1人で、それでも大きな里だった私の里はすぐに滅んでしまった。
これが下克上の時代。
恐ろしさと怯えで体が震えた。
誰も彼もがなくなった里を目の前にして、打ちのめされた。
変わり果てた城。
かつて父が持っていた権力も地位も、全て無になっていた。
小さい頃、母と遊んだ草原も、祖母が私に物語ってくれた昔話を思い出される家も、知り合いが私に笑いかけながら耕していた畑も、全てが。
私だけが生きていた。
見知らぬ、私と同じように絶望していた者は日にちが経てばどこかへ消えてしまった。
きっと他の里へ行ったのだろうと思う。だけど、私にはあてがない。
生まれた里とは違う里へ行って生きていく自信がなかった。
全てを失ってしまったのなら、死ぬことにも躊躇わない。
そう思い、思い出の場所を探索した。そうして死ねるのは本望だった。
里の隅々まで歩き回った後、最後にぼろぼろになった城に寄った。
自分の体力も限界に近くなってきて、ようやく死ねるだろうかと考えていた。
最後の城で死ねるなら、思い残すことはないだろう。
かつての父がいつもいた部屋に忍ばせると、1人の少年に会った。
これから死に逝く私とは違い、身綺麗な人だった。
少年も、いや青年だろうか、私に気が付き、優しく笑った。
とても美しい笑みだった。
私には相応しくなく、すぐ目を逸らすと青年はこちらに近づく。
「どなたでしょう?」
名前を聞かれ、私はたじろいだ。これからあちら側に行こうとしたのに、未練を残さず自害しようとしたのに、青年はまるで私を咎めるように聞いてきたのだ。
「答える必要はありません」
そう答えると、青年は悲しい表情をした。
「ですが、私が聞きたいのです」
「そちらが名乗ったらどうなのですか」
言ってから、私はしまった、と心の中で舌打ちをする。未練がましいことを、今しているではないか。名前を聞かなくてもいいのに、つい反応してしまった。
青年はまた笑い、優しく私の手を取った。
「相模と申します」
「私は柳」
名乗られ、仕方なくこちらも名乗った。気が向かなかったのは本当のことだが、どうしようにも逆らえなかったのだ。
「では、柳。これからあなたは何をするのですか?」
どうしてそのように聞くのか。私は青年を睨みつけるが、青年は変わらず笑いを絶やさない。
それでも、目の奥に潜むものを見てしまってからは、何故か答えなければならないのだと錯覚してしまう。
「自害します」
「何故、と聞いても?」
「死を望んでいるからです」
途端、青年の顔が歪んだ。
「生きてみようとは思わないのですか?」
「生きることに、もう意味はありません」
何故そのことに分からないのか。死にたがっている原因といえばこれしかないだろうに。
私は青年の手を振り払って部屋の奥へ進む。
「私の死を見届けたいのですか? むごいでしょうね、きっと」
「見届ける必要はない」
ようやく青年が去って行くのだと私は安心した。しかし、青年は去って行くことはなかった。
青年が振り払った私の手を再び掴むと、正面に向き合う。
「この城を1人で滅ぼしたのは私です。ですから、あなたはこれから死ぬのではなく、私に大人しく捕虜されなければなりません」
こうして私は忍者の里へと行き、相模に従うことになった。
懐に『混』の玉が現れたことにも気が付かずに。
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