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「彼方、あなたの願いを叶えるわ」
いきなりのお願いに快く受けてくれた幽玄が作った、彼方の墓。下に死体が埋められているわけでもないけれど、そこに彼方が居るような気がした。
「少しだけだけど、綺羅さんのことについて分かったような気がするの」
上品ではないけれど、丈夫に固められた石に手を触れる。墓が寂しく見えるのは周りに墓がないからなのか、花が添えられていないからなのか。冬の終わりとはいえ、ここは東北の地域でまだ雪が積もっている。花が咲いていないのは当たり前だろう。春が来て花が咲いたら、もう一度ここにきて花を添えてあげようと、墓と約束を交わす。
石は、不思議と暖かかった。
「綺羅さんも、恋ぐらいして当たり前だったのよ。たとえ相手が神様じゃなくても、人間なんだからそのくらいの心境はあったっていいと思うの。それなのに綺羅さんはその事実を私に隠そうとしていた」
返される言葉は無い。それでも私は安心した。
今は誰かに聞いてくれるだけでも、安らかでいられるはずだから。
「私も忘れていたけれど、全神は迦楼羅とは違って、ただの人間。その全神が幽鬼に変貌したって、迦楼羅になったって、それでも人間なのよ。彼方も私も綺羅さんも、肉体がなくても人間で居られる。……そう思うのは、間違っているのかなぁ?」
日帰りをすると矢彦と約束していたので、幽玄の誘いを断って里に戻った。矢彦は私が居なくても仕事に打ち込んでいたので、紀伊から毒舌を浴びずにすんだ。紀伊はまだ私がいることに反対しているのだ。矢彦が何かの失敗をしたら私のせいにする。私が矢彦をそそのかして思考を鈍らせたせいだとか、もう二度と姿を現せるな、などなど。慣れてしまえば微笑ましい日常の出来事にしか過ぎなくなっているが、良く考えれば私が矢彦をそそのかした記憶はないし、そもそもそれは紀伊の思い違いなだけであって、私が責任を負う必要は無い。やっぱり紀伊に認められるということはこの先ないだろう。どうしたら認めてもらえるだろうか、と考えるだけ時間だけを無駄にしている。
庭の前で立ち往生していると、邪魔、と不機嫌そうな声が耳に入る。振り返ると、暖かそうな格好で私を睨みつけている浜がいた。
「あ、あの、ありがとうございます」
浜が私を助けてくれたと九卿に聞いたのを思い出して、頭を下げて礼を言う。
浜は一瞬何のことを言われているのかわからなかったようで、目を丸くして呆然としていた。
「私を助けてくれた、って」
「あぁ、あれのこと。別に、あなたが幽鬼になったと聞いたものだからどんな姿をしているのかと思っただけよ。ただの好奇心。礼を言われる筋合いはないわ」
ぴしゃり、と叱り付ける母のようにきつい言葉を吐かれ、私はたじろぐ。しかし怯んだとしても浜が私を助けてくれたのには変わりはないのだ。
「でも」
「あなたの事情は聞いたわ。成宮さまが全神であること、あなたが迦楼羅になってしまったこと。でもね、わたくしはそれだけであなたたちの関係を認めているわけではないの」
そこでさらに浜は睨みを利かせた。
「綺羅という厄介ものを追い払ったあと、あなたはすぐにここから出てゆきなさい。でなければわたくしがどんな手を使ってでもあなたを追い払いますからね」
「そんな」
「逃げても無駄よ。こちらには強い味方がいる」
ふん、と鼻を鳴らして浜は去っていった。
未だ、浜にも認められていない。矢彦の傍にいたいと思うのに、願いだけが空回って叶えられていない。自分は迦楼羅で、願う者の存在であるはずなのに。
やっぱり自分は……。
「全部が終わったら元の時代に戻るしかないのかな」
それまでなら、矢彦の傍にいても咎められないだろうか。
庭で綺羅がくるかと待っていたのだが、大した成果も得られずに自分に与えられた部屋に戻ろうとしたときだった。
自分の部屋の隣にある部屋の中から話し声が聞こえたのだ。
「……?」
隣にいる人といえば九卿で、もう1人は声からして女性のようだ。何かを言い争っているのが窺える。ひっそりと戸に耳を当てると、どうやら九卿にばれてしまったらしく、声をかけられる。
「天華、ちょうどよかった。出ておいでよ」
ちょうどよかった、というのは私のことを話していたからなのか。自分のことを話題のネタにされるのはあまり嬉しくなく、眉をひそめた。引き戸を開けると、中にいたのは九卿と柳だった。九卿は部屋の真ん中でえらそうに座っていたけど、柳の方はやつれているように見えた。
「や、柳さん、いったいどうしたの?」
「気にしなくていいよ、自業自得だから。……まったく、綺羅に喧嘩を吹っかけて何が楽しいのやら」
「九卿さまには関係ないわ」
それまで落ち込んでいた柳は九卿の台詞に憤慨した。
「でも、せめて、私が本当の全神だったらと思うと、全てが思い通りになっていた……」
「ど、どういう意味なの?」
「そのことについて、天華に全てを明かそうと思って呼んだんだよ」
九卿は苦笑する。
――――全て……? 一体何を?
「しばらく忘れていた、綺羅さまへの憎しみ。そして綺羅さまも私のことを忘れかけていた。でも、天華、あなたが現れて、憎しみを思い出されてしまった」
柳は顔を覆って涙を隠そうともせず、語り続ける。苦しげに顔をしかめる様子を、それでも私は逸らすことが出来なかった。
ようやく柳の過去が明かされるのだ。綺羅と密接の関係にあった忍者の里の秘密が。
「もともと、全神には天華のように力あるものと、力のない、玉を持つだけの全神がいた。幽鬼の姿となった迦楼羅を見ることも、迦楼羅の願いを叶えさせてあげることも出来なかった全神」
そこで、ふと柳は苦痛そうな顔を上げた。
「私は、その全神だった」
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