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矢彦だと分かって、私は力いっぱいに突き放した。もう痛みなんて、頭の中には中にはない。それでも足には力が入らず座り込むと、再び矢彦が抱きかかえようとした。
別れた時と同じような顔をした矢彦を見て、私はその手を拒絶した。信じられなかった。何故矢彦がここにいるのか。
「どうして……? 私あなたを突き放したのに、何もしていないあなたの心を偽ってしまったのに、どうして追いかけたりなんかするの」
「違う、俺は心を偽れたのではなく」
「違わないっ……私はこんな自分が嫌で、惹かれることでしか好いてもらえない全神を呪ったもの! どうして、どうして私が全神でなければいけないのっ!」
――――そうよ、どうして私がこんな目に合わなければいけないの。
彼方と来抄は、私の前世であった来抄の願いで生まれ変わり、戦国の時代へと飛ばされた私に綺羅の輪廻を止めろと言う。
きっと綺羅は榊の生まれ変わりで。
憎い、と私に向けられた言葉は忘れられることはなかった。
それは私が神様を殺した赤の全神の生まれ変わりであるから。
普通の全神なら何も気負わずに済むはずなのに、私には最初から綺羅に、榊に不幸を願われていた。
不幸は、私の周りの人が死ぬこと。
――――いやだ。
誰にも死んでほしくない。
誰かが死ねば私は悲しんで、誰かに励んで立ち上がってもまた誰かが死んでしまう。
そんなの嫌、それなら。
私が大切な人を作らなければいい。
ちょうどいい具合に彼方は私を刺してくれた。
きっと私を嫌ってくれると思う。そう思えばきっと、大切な人じゃないって思えるから。
――――でも、矢彦は?
矢彦はどうしよう。
どんなに突き放したりしても、追いかけられてくるような気がした。
矢彦が嫌いと言うわけではない。むしろ、好きだった。
一目ぼれしたかのように、自然と矢彦の方へと顔が向くのが分かる。
……一目ぼれ?
私は矢彦に恋をしたということ?
惹かれる、ではなくて、本当の恋をしてしまったのだろうか。
彼方とは違う、本当の恋…?
――――それなら、なんて残酷なんだろう。
大切な人がいなければ私は堪えられるのに。
矢彦さえいなければ私は堪えられるはずなのに。
『違うでしょう』
あぁ、私の中で眠っていたもう一人の私が私を咎める。
来抄は、もう何もかも分かっている素振りだった。彼方みたいな素振り。
私みたいな葛藤はなく、いつでも冷静に私に問いかける。
『逆よ』
そう、本当は逆。
矢彦がいなければ、きっと今の私は生きていけない。
「君が全神であることを悔やんでいたのは分かっていたよ。きっと今もそうなんだろう。だから俺は別れを告げられた時、どうしようもなかった。あの後、すぐ追いかけることは出来ただろうが、そうすれば君の負い目になるだろうと悟った。俺は君のために残ったんだよ。結局は追いかけてきているんだが」
私は目を瞠る。
――――私のため?
――――本当に私のことを考えてくれているのだろうか?
「矢彦っ」
「俺は君の全神だ。綺羅が教えてくれた」
私の頭が一気に冴えた。
綺羅が教えてくれた?だから矢彦は私のところへ来た?
――――違う……っ
矢彦は全神。そして綺羅は迦楼羅。
おそらく、矢彦は綺羅の願いを、迦楼羅の願いを叶えに来た……。
矢彦の存在を綺羅が無視するようなことはしないと思ったのだ。綺羅は私を憎んでいて、そしてその手段を選ばない。
「彼方を、殺しに来たの――?」
矢彦は静かに頷く。
綺羅が矢彦に全神であることを教え、そして彼方を殺すように唆した。そして彼方を殺せば私は多分、迦楼羅になる。
その行動は、彼方の過去と一致していた。
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