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榊が幸せだったのと同じように、神様もまた幸せでした。
ですが、神様は分かっていました。
いつまでも幸せがくるわけがない、と。
それでも榊にはそれを口出せないでいたのです。
榊は今、本当に自分を慕ってくれていたのだから、それを拒む事がどんなに残酷なものなのか、考えたくもなかったのです。
しかし、その考えが榊にとって長い因縁になるとは思いもよらなかったのです。
ある日、一人の男が訪れ、神様に頭を下げました。
神様は悟りました。
この男が今まで神様が築き上げたこの関係を壊してしまうだろう、と。
しかし、だからといって何も知らないこの男を追い出すわけにもいきません。
予感は全て予知であり、それを変えさせる事が出来ないということが神様には分かっていました。
神様は丁重に男をもてなしました。
すると、男は神様に気付きました。
だれだ、あなたはもしや、豊穣の神であるのか、と。
神様は驚きながらも頷きます。
私は遠い地の神の血を受け継いだ人間である、と男は告げます。
神様は納得しました。
男が神様を見えていることも、男が榊のような人間だったのだと気付いたのです。
しかし、完全に似ているというわけでもありませんでした。
男は右目だけが赤く、体の半分は人間ではなく幽鬼だったのです。
男は、異端でした。
人間でも幽鬼でもない、半端な存在。
そうだとわかって、神様は尚更、男を拒む事が出来ませんでした。
なんて可哀想な存在なのだ、しばらくここに滞在なさい。
神様はそう告げ、男は神様の言う通りにしたのです。
人間たちは、榊の他に神様としゃべる事が出来る男を歓迎しました。
全神が1人だけでは不十分なこともありました。
願いが多すぎて榊が疲労してしまうことを、人間たちは憚ったのです。
しかし、それはもう心配することはなくなりました。
やがて男も右目が赤いことを理由に、『赤の全神』と呼ばれるようになりました。
榊は、男が来たことを微妙な気持ちで歓迎しました。
神様としゃべる事が出来る人が他にいることに喜びました。
しかし、神様としゃべる男が疎くて仕方がない時もあったのです。
何なのだろう、この人間は。
榊は、だんだんと男を憎むようになりました。
神様を取られたような気がしてならなかったのです。
神様の傍にいるのに、隔離されたように自分が惨めになっていきました。
何故。
何故このような気持ちになるの?
原因は男にあることは、一目瞭然でした。
榊は、どろどろとした気持ちを男に向けたのです。
神様はどうしようもありませんでした。
男が来てから、数ヶ月。
榊は心に黒くて大きな塊を持つようになったのです。
榊がそれを捨てるようなことはしません。
捨てられることはないだろう、と神様も分かっていました。
そして神様は、その原因が自分であるだろうと思ったのです。
自分がいなくなれば、榊は元に戻るだろう、と神様は考え、一つ思いつきました。
自分がいなくなると言うことはすなわち、自分が死ぬこと。
しかし、神様は容易には死ねません。
なぜなら人間には神様が見えていないのですから。
しかし、神様が幽鬼だからといって死ねないと言うわけでもありません。
寿命は計り知れないものですが、体は意志の持つものなら傷つける事が出来るのですから。
神様は思いました。
人間ではない、全神に自分を殺してしまえば自分はいなくなるだろう、と。
神様は考えました。
ならば、男に頼もう、と。
全神は当時二人しかいませんでした。
榊に頼めば、そんな事は出来ないと言われるだろうと神様は思いました。
残る全神は男1人、赤の全神だけです。
神様は男に自分を殺してもらうよう頼みました。
男は渋々ながらもそれを承知してくれます。
神様は、静かに目をつぶりました。
首に手の感触がしたのは、この後すぐ――――。
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