「彼方!! ……おぉ、なんて美人に育ったんだ! あの頃は肩ほどしかなかった黒髪が今では艶ややかに輝く、なんとも美しい……おぉ、このふっくらとした唇! 体つきも文句は言えぬ。是非俺の側室に」
「相変わらずの口達者だな、幽玄。この間の戦の前日にもあったというのに、お前は僕の存在を忘れていただろう。まぁ、それもそうだな。幽玄の中の僕はいつでも女の子だったのだっけな、女装した記憶はないのだが」
「うぐっ……、忘れていたわけではないぞ、彼方。ただ成長した彼方を判断するのは難しいのだ」
「へぇ、なら今の僕の姿なら判断できるんだ。別れた日は女装したつもりはなかったんだけど、幽玄の目にはそう見えていたのか。へぇーなるほどねー」
「そ、そう言うでない、彼方。あの時彼方を完璧に忘れていたことを謝るさ」

 と、深々と頭を下げた幽玄に彼方は鼻を鳴らす。

「……別に、忘れていなければいいんだよ」








 私たちは彼方の故郷、神代の屋敷に着き、ここにしばらく滞在してもらうように申し込むため、幽玄を頼ったのだ。それに幽玄は快く承諾してくれた。
 ちなみに、彼方は人間にも見えるようにとあの美人の姿に変身している。本来なら迦楼羅の姿で時を止められたままなのだろうけど、彼方は人に変身できるためなのか、迦楼羅になった小さい頃の姿ではないらしい。よくはわからないのだけど、幽鬼とは普通成長しないものらしく、いい例が綺羅だ。あのかわいらしい姿で迦楼羅になってしまったのは可哀想だと思ったのだけど、彼方曰く、あれは自業自得だと言っていた。意味はわからないけど私は「そうなんだ」と答える。
 ところで綺羅だが、気づけば何処かへと行ってしまったようだ。彼方と綺羅はもともと行動は共にしていないそうなので彼方は気にならないみたいだけど、何処にいっちゃったんだろう、と思わないでいられるはずがない。ほんと、何処に行ったのかすごく気になるんだけど。多分、彼方とキスした時にはもういなかったと思う。
 彼方が美人の姿で胡坐をかく。やめて欲しかったのだけど、幽玄も気にしていないようだったからやめておいた。

「天華といったか。戦では世話になった」
「はぁ……」

――――って、私何かしてたっけ?

 そう思っていた事が幽玄伝わっていたらしく、小さく手を振って否定される。

「いや、あれは天華殿おかげである。正直あのままでは危うい所だったのだ。自分たちの策に溺れておったよ」
「は?」
「天華、あんな部分的に言われてもわかんないよねえ?」

 彼方に聞かれ、幽玄に申し訳ないと思いながらも私は頷いた。意味がさっぱりわからないのだから、仕方ないことだけれど。
 そうか、と幽玄は気落ちしたような表情を見せるわけでもなく、にこやかに説明してくれる。やっぱり申し訳ないと思ったのは杞憂だったか。

「最初は我々が勝つと思ったのだがな、白神が思わぬ行動に出たんで焦ったのだよ。あのままじゃ勝負がわからんところだったが……そんなときに彼方が『願って』くれたという訳さ」
「は……―――?」

 意味がわからなかった。
 あの時願ったのは彼方じゃなくて、私だったはずだ。その頃は、まだ私が全神の意味をよく知らないで好き勝手に行動していた時。そんな私の行動を阻めたのは彼方だった。

――――彼方が、願ったの?

「そして天華が叶えたっていう訳」
「……記憶にない」
「願いが叶うときに全神本人とその証である玉があれば発動してしまうからね。叶うときの記憶がなくても、叶えたっていう自覚がなければずっと気づかないままだよ」

 てっきり奇襲作戦がうまくいったのだと、そう思っていた。まさか自分がいたおかげで神代が救われたとは、思いもよらなかった。
 そこで、ふと気が付く。

――――彼方が、私の神代への同行を許してくれたのはこういう事があると予感したから?

 絶対、そうだ。彼方は私の同行を許可してくれていたけれど、それは嬉しそうな表情じゃなかった。私を戦に連れて行くのが嫌だったけど、連れて行かなければいけなかったのなら辻褄が合う。そしてその後、戦から私を離したことも、全神としての役割を果たしてもらわないといけないと思ったのだろう。戦に勝つための願いを叶えさせようとして連れてきたのに、その戦で私が死んだとしたら元も子もなかったのだ。
 それならば、彼方の予感は本物だというしかない。

――――その予感で自分の死期が分かってしまうって、どういう気持ちなのだろう……。

 私だったら、そのときどうするのだろう。




 しばらくそんな思いでいっぱいだった私は、襖の奥から男の声が聞こえたことにビックリしてしまった。
 声上げちゃったけど、失礼じゃなかったかなぁ。

「いいぞ、入れ」

 幽玄に促されて入ってきた男は私にも見覚えのある人だった。

「七宝、この客人をもてなしてくれ」

――――あ、そうだ、七宝さんだ!

 すらぁっとした背の高い無言の人だ。とても礼儀正しかった気がする。幽玄と正反対だったことを思い出した。
 客人? と不機嫌そうに小さく呟いた七宝はこちらをチラッと見て、驚愕の表情を見せる。そして、それが落ち着いたかと思えば今度は睨んできた。

「冗談は止めろ」

 さっきまでの態度はどうしたのか、とても低い声で幽玄に言い返す。

「おい、お前。俺の言うことぐらい聞けよ」
「冗談はそこそこにして欲しいものだな、幽玄。何故私が人殺しをもてなさなければならないのだ。それにもとはこの屋敷の息子だろう」
「お前と同じ、な」

 ぴりぴりとした雰囲気に私が恐れた。人殺しの意味もわからなかったけれど、七宝が彼方のことを嫌っているのがすぐに分かる。

「まぁ、そういうな。久しぶりの弟の帰還だぞ。家族とゆっくり休ませてやろうという俺の心遣いが分からぬか」
「分からないな。誰と誰が家族だと?」
「そりゃ、七宝と彼方が、だ。兄弟であろう? 仲直りせぬか」

――――え……? 彼方と七宝さんが兄弟?

 七宝と彼方の顔を見比べてみるけれど、これといった特徴はない。そして七宝の彼方を毛嫌いをしている様を見ればとても兄弟とは思えなかった。兄弟ってこんなにも仲が悪くなるものなのか、と疑ってしまう。

「今更、仲直りだと……幽玄の目は節穴か? そんなことはもうとっくに手遅れだ」
「兄上の言うとおりだよ。幽玄、僕にもてなしは必要ない。天華の分も、僕がいるから要らない。ただゆっくりといられる空間に案内してくれればそれでいいよ」
「そうか、ならいいのだが」

 良くないでしょう、と反発しかけたけれど、それでいいかと幽玄に聞かれ、慌ててうなずく。
 私がいることにようやく気づいたらしい七宝が目を細めた。

「お前が、全神か」
「そう、僕の全神」

 私の代わりに彼方がそう答える。
 そんな言い方をしたらますます七宝が怒るのではないか、と身をすくめていると、にらまれるどころか逆に懐かしむような視線をよこしてきた。


 その目は確かに私を見ているはずなのに、違う人を見ている気がして私はもどかしくなった。

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