少年が眠ってから数分。
 私はそばの樹木にもたれかかって少年の寝顔を見ていた。今夜はどうやら満月らしく、寝ようと思っていても眩しくてとても寝れそうにないだろう。
 それに私はしなければいけないことがある。
 眠っている少年のお腹に薬草を当て、慣れた手つきで私の着物を巻いた。今更だけど、私の着物と思っても良いのかなぁ。こんな豪華な着物、私の全財産でも払えないような気がする。それを大事にすることなくどんどんと汚していっている私は貧乏人から見たら悪魔だろう。
 そんなことを考えながら静かに手早く済ませたので、少年が起きることはなかった。
 すやすやと眠る少年の顔を見てひとまず安心し、私は立ち上がる。

――――食べ物を探さなきゃいけないよね。

 当然慣れないことをしたのでお腹がすいたということもあるのだが、実は少年のお腹がなったのを耳にしたのだ。少年はどうやら私に迷惑をかけるのが嫌で黙っていたらしいのだけど。意地を張っているのを見れば少年は死ぬまで私に言わないだろう。餓死しないためにも、木の実やらを探さねばならない。
 山に入る覚悟を決めた私は肩ぐらいの髪をできるだけ高く結んだ。








「このくらいでいいかな?」

 腕いっぱいに赤い実を乗せて私は帰路へついていた。腕を見てみると、よく熟した実が並んでいる。食べられるかは先ほど毒味をしたから大丈夫だろう。
 よだれがそれらにつきそうになって慌てて顔をそらした。

「でも、おいしそう……あの子喜ぶだろうなぁ、きっと」

 少年のそばまで戻ると、少年は顔色を取り戻したようで、よく眠っていた。私はそれを見て自然と笑みができた。何故か少年のそばは暖かくてやわらかい気持ちになるのだ。今まで感じていた不安は全てどこかに吹き飛んでしまう。
 こんな風に穏やかになるのは久しぶりだなぁ、と思う。
 少年の穏やかな顔を見ながら赤い実を少年のすぐ横に置いて、ひとつつまみあげた。

「ん、やっぱおいしい」

 これは林檎かな、と思ったがそれにしては小さい。中身も林檎のような色ではなくて、赤だった。不思議なこともあるもんだなぁ、と私はもうひとつ赤い実を口に入れた。


――ガキッ


「はがっ……なによ、これ。……玉? 二つあるし」

 口から取り出すと、飴玉サイズより少し大きめの玉が二つあった。
 その玉にはそれぞれ『導』、『呪』という文字が入っている。その文字は淡く光っていて、少年と自分の顔を月とともに照らしていた。
 私はその玉をまじまじと見つめ、害がないことを確認してから懐にしまった。持っていて損はしないだろう。
 『導』の玉はともかく、『呪』の玉をしまうのにはためらったけど。








 赤い実を次々と頬張りながら少年の顔を観察していると、ふと、右の方から人の気配を感じた。一般人だから気配を感じたというのはちょっと変だけど、とにかく音が聞こえたのだ。
 その音はだんだん大きくなっていくところを見ると、こちらに向かってきているのだろう。少年のことを考えてみると誰かに見つかるのはいいことだ。だが、私は下着でいることを思い出し、恐縮した。

――――この子だけ見つかればいいよね。私は何とかなるとして。

 自分までもが見つかるとややこしくなるような気がしたので、ひとまず隠れる場所を探して身を潜めた。ちょうどそこの場所はこちらに近づいてくる人が見える位置だった。

――――あの人、あの子と同じ黒い服を着ている……仲間だったりするのかなぁ?

 私がそう思ったのと同時にその人物は突然止まった。そのまままっすぐ行けば少年のところへいけるというのに、その人はその場に立って周りをきょろきょろと見渡していた。そのまま、青年が動く気配はない。正面にいる少年のことに気付いていないらしい。

――――……そーだ!

 私はしまっておいた玉のひとつを取り出して思いっきり少年のすぐそばにある木に投げた。
 木には当たらなかったが、その木よりも少年のところに近い藪にあたり、派手な音がした。案の定、その人は音に気付いて、その次に少年に気付いた。
 その人が大股で歩いている間に私は咄嗟に投げた玉が『導』であることに気付き、肩を落とした。どうせならバチが当たりそうな『呪』の玉を投げればよかった、と後悔する。
 そんなことを言ってももうどうにもならないことなのだけども。

 その人はどうやら少年のことを知っていたらしく、寝ているのが誰なのかわかりそうな距離になると血相を変えて走り出した。

「矢彦!」

 青年は少年の顔を覗きこみ、生きているかどうか脈を測ったりしていた。そうやって青年の気が反れている間に私はもっと遠くに離れることにした。

――――あの子、矢彦っていうんだ。

 少年の割には大人びていて、青年にしては幼い子。私はもう一度だけ眠っている少年を見て、歩き出した。

――――……ま、一人は寂しいけど、これがあの子のためだもんね。もう会うことはないだろうし。

 安心するのは事実だけど、いなくなるときの虚無を感じることも事実。少しの間だけ私にとってはありえない場所にいてその時間を共に過ごした人。きっと忘れられないだろう。
 投げなかったもうひとつの玉を握りしめ、私は民家を捜すことにした。

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