「何か話すことでもあるの?」

 もう落ち葉が地面につくころとなった今では、今着ている薄い着物でずっとここにいることは無理だった。それを察した矢彦は私を部屋の中へと促す。
 部屋の中にいてもあまり温度差はないのだけど、入ってすぐに矢彦が火鉢を用意してくれ、冷え切った体を温めるために近づく。

「何もしゃべらないなら寝たいんだけど」

 無言で用意してくれたりしたので、もしや喋れないのでは、と疑ってしまう。先ほど喋ったのだからそんなことはないと分かってるけど。ちらちら顔をうかがっても反応がないことと、火鉢だけではすぐに体が温まらないことに苛立ちを感じて布団を手繰り寄せたとき、やっと矢彦が喋った。

「何から喋ればいいのかわからない」
「……」

 どうして欲しいのかちっとも分からない。
 からかっているのかと思うが、困ったような顔を見れば確かに分からなさそうにしているな、と思う。でもその反応が一番困る。

「じゃあ、私から聞くわよ」

 ぐるぐると布団を体に巻きつけて言う。この際体裁なんて無視だ。格好悪くて文句を言われようが体温を保つためにやってることなのだし。それにさっきまで寝ていた布団は結構暖かい。
 いい? と一応相手に聞いて、頷いたところで疑問をぶつけた。

「どうして私を捜すの? あと浜っていう子に誑かした女とかいろいろいわれたけれど、……あなたは私のことをそう思っていたわけ?」
「それはただの冗談だろう」
「冗談!」

――――冗談で私を悪者にしたいわけ?!

 恩を仇で返しているような扱いに私は憤慨する。きつく握るこぶしに気づいたのか、矢彦は慌てて私を落ち着かせようと、だいたい右肩辺りにあるであろう場所の布団の上に手を置く。

「何か勘違いされているようだ。浜にもきつく言っておく。その点は、君は気にしなくてもいいことだ」
「でも」
「では、私が君の事を好きだから、と言えば納得出来るだろうか」
「納得、って…………へ?」
「好きだよ」

 急にあんなに冷えて感触がなくなっていた肌が、暖かく感じる。どこら辺が暖かくなったかといえば、顔全体、だろうか。ビックリしてしまってそこまで感じることは出来なかった。だけど顔全体が熱くなると同時に、心臓がだんだんうるさくなっていくことは感じ取れた。
 布団一枚で隔てる矢彦の手のひらまで伝わるのではないか、と思うと狼狽えて自分でもわかるほど挙動不審になる。
 冷静になろうとは思うけれど、頭ではもうパニックなのだ。

――――す、好き…、って……?

 告白されたぐらいでこんなに舞い上がる自分が、おかしく思えてくる。
 そうよ、きっと何かの間違いよ。また冗談でも言っているんだわ。全く、どこまで私をバカにするのかしら。

「嫌ね、一体私にどうしろというの?」
「冗談ではないよ、今度はね」
「……何かの、間違いでは」
「ない」
「う……」
「そう落ち込まなくていいだろう……私が悪いことをしているようだ」

 頬を少し赤くした矢彦の顔を見れば、嘘でない事が一発で分かった。顔に出やすい人だな、と思う。
 そうして顔をよく見れば、会ったときは顔が青かったせいなのか少年ぽく見えたけれど、今は立派な青年に見えるような気もしないわけではない。もしかすると、もう成人した年になるのかもしれない。そう考えると私よりも年上となる。身長は私と頭ひとつ分しかかわりはないけれど、男としては高いほうに入るのかもしれない。私が165センチと高い方にいるのだから、きっとそうだろう。
 こうしてみると、前よりも身長が少しだけ伸びている。成人しても身長は伸びるものだなぁ、と思考の溝にはまる私に、矢彦はもう一度抱いた。

「……出来ればここから出ないでくれると嬉しい」

 そして意味のよくわからない言葉を呟いて襖の近くまで歩み寄り、いつの間に現れたのか、一人の女性と入れ違いに出て行った。








――――どうしよう……。

 連れてこられたとはいえ、勝手に出てきてしまった山賊の地に戻ろうと思った私に、あの言葉だ。振り払って戻ることは出来るだろうけれど、今度は本当に『誑かす』と罵られるに違いない。浜でなく、おそらく紀伊という男の人にまで。
 それは、嫌だった。
 山賊の皆がいる所まで戻りたい。だけど、私はやっぱり自分の可愛さに裏切ることは出来なかった。

――――なんて、馬鹿な子。あたしって偽善者だ……。

 嫌われることが嫌だからって、ここに残ってしまうなんて。馬鹿なことをしている。そうだと分かっていても勇気が出せない自分も馬鹿だ。偽善者って分かっているならそれを振り切ればいいのに、偽善者のままでいい、と思う自分がいる。

――――こんな自分を好んでくれる矢彦が可哀想だわ。

 どうして嫌わないの。
 こんなにも、どろどろなのに。
 汚い心でいっぱいの私を、どうして嫌わないのだろう……。








「天華殿、お食事を持ってきました」

 やんわりとした表情で矢彦と入れ違いに現れた女性が、優しい声で天華を宥めた。
 その優しい声に、彼方を思わせる。

――――彼方、どうしているだろう。

 私を嫌わないでくれて安心していたときだったのに、また離れてしまった。
 やっぱり、今すぐにでもここを出よう。目の前にいる女性に必死に頼み込めば、出来るかもしれない。
 目の前の女性は私と目を合わせた。

「わたくしは柳と申します。何かあればわたくしに申し出てください。叶える事が出来るものがあれば何でも聞き入れましょう。……この部屋から出ることは許されませんけれど」

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