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千鳥のいうとおり、彼方は木の上で寝ているようだった。木の幹に背を凭れ、枝に片足を乗せているという格好だ。もしミニスカートをはいていたら、傍から見たら果たしない格好である。時代が違うからそんなわけないだろうけど。
勘違いとはいえ、彼方に裏切られたと思ってた私は正直、正面から彼方に向かい合うことにためらっていたので、彼方が寝ていることに安心した。
「かーなたっ」
下から声をかけると身動ぎするだけで、起きる気配がない。
――――あれ、前はこれで起きてくれたんだけど。
以前寝ているところを目撃したことのある私は、首をかしげる。大した話でもないのだが、ずっとここで立っているのに嫌気が差し、木に登ろうとした。
「もう僕のことを嫌っているのかと思ったよ」
突然上から声が降ってきて、驚いて見上げると彼方の開いた眼が私を写していた。いつの間にやら木を降りようとしているときだった。
「それで、何の用?」
「もう彼方の言動に振り回されないと心に誓いました」
「……? それが何?」
「いえ、気にせずに。ただ会いたくなっただけです」
ふぅん、と彼方は何気なく相槌を打つ。その態度から見ると、やはり私を裏切ったというのは勘違いだったのだろう。気にすることでもないのだ。あのときの彼方の言った言葉の意味はわからないけれど。
彼方が木から降り立ち、座れる石のところまで私を誘導してくれる。そして大きな石の上に私が座り、彼方は私に向かい合うように立った。
「天華、目が赤くなっていたと聞くけれど、今普通に黒いよね?」
おそらく樋都から聞いたのだろう、彼方が目を細めながら聞いてきた。
幸い、目が赤くなったのを見たのは樋都だけで、すぐに目は元の色に戻った。そのほうが仲間に怪しまれずに済むし、私としても気持ちが少し落ち着いていたのだ。
「原因はわからないけれど、気のせいとしておいておくことにしたの」
私にとってはあの目の色が何か『縛め』のような気がしてならないが、あれから目の色が変わる気配もないので放っておくことにしたのだ。
「それは利口じゃないね」
「え?」
前触れなく彼方が私の頬に触れ、私の顔を覗き込んだ。
「利口?」
「天華、わかっていたんだろう? それが『迦楼羅の縛め』である、と」
「……」
「それは気のせいではないし、それに君は少し迦楼羅の傍にいすぎたせいだよ」
「傍に?」
――――私の傍に迦楼羅がいた……?
目を瞠る私に対して、彼方は気落ちしたような顔で頷く。そして、静かに語る口調が私を落ち着かせた。
「君は一旦迦楼羅から離れるべきだ。だから僕は距離を置いたんだよ」
「まって、私は迦楼羅なんて知らないし、見たこともないわ! それに彼方が距離を置く理由がわからない。そのために私を突き放すような言葉を言ったのはわかったけれど」
「まだ、時期じゃない。でももうそろそろだよ。あいつがここに来たから」
「あいつ?」
前に少しだけ触れた、名前もわからない『あいつ』。そいつが鍵を握っているということなのだろうか? わけがわからず彼方の裾を引っ張ると、軽くあしられた。
「天華はいつも僕の裾を握るね」
「だって、不安なんだもん。彼方の言う『あいつ』と彼方が争っているみたいで」
「争うもなにも、もう決着はついている」
「……彼方?」
「僕には、これからの運命がどうなるのか予想できるんだよ」
頬を撫でられ、彼方の顔がだんだん歪み始める。頬を伝う涙を一粒掬い取られ、彼方はいつものような笑みではなく、眉が悲しげに下がっていた。
――――なら、どうしてそんなにも悲しそうな表情をするの……?
――――どうして私は泣いているのだろう……。
「来い」
彼方がいなくなったのを計らったように現れた人物を目にして、私は驚愕を隠せなかった。
「天華とやら、お前は矢彦に会ったことがあるだろう」
その人は、帰ったはずの紀伊だった。
「まってよ、いっておくけれど、私は誑かしてなんかないわよ」
「わかっている。お前はそのつもりなんだろう」
「じゃあなんであの浜って子は私のことを誑かしているって言っているのよ。それにあなたもそれを否定していないわ」
「それが真実だからだ」
強引に腕を引っ張られ、私は渋々早歩きで後を追いかけた。
今、私は忍者の人たちに誤解を解くように説得しようとしているところだ。だけど口を開いたところで相手は「わかっている」の一言で納得してくれていないような気がするし、何故かどこかに連れて行かされている、という始末だった。
「まってまって、ここから先は山賊の人は出て行っちゃ駄目なんだって」
「まってまって煩い」
「うぐっ」
過去に『まった星人』と言われてから気をつけていたつもりなのだけど、つい癖で連続して言ってしまうのだ。もう口にするまいと、急に黙った私のことを無視して紀伊はさらに森の奥に進もうとした。
「ここから先は1人で行け」
中腹あたりまで来た時、紀伊が言った。
「……はぁ? この先になにがあるの? もしや、怪物、とか」
「安心しな。そんな報告は聞いた事がないからな」
「……あ、そう」
私はどうしてこんなことしなきゃいけないのか、すごく腹が立ったのだけど、半ばやけくそで気にもせずに奥に足を踏み入れた。
背中に回される手が、暖かい。それは唐突だったけれど、私は拒否することもなくされるがままになっていた。
――――会いたかったよ。
「…………どうしてっ!」
ふわっと風に乗る匂いが、私の鼻をくすぐる。
目の前で踊る長い髪は、初めて見たときよりも少し伸びていた。
相手の顔は見えないけれど、見なくても誰なのかは、わかる。
「……やっと会えた」
風と匂いに混じって聞こえたのは、初めて聞くテノールの声。
――――矢彦っ……
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