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「本当にここにいるんでしょうね?!」
「そんなに大声出さなくてもちゃんと聞こえているよ、浜。それに、本当にその子って確証はないからね。外れても怒らないように」
「あたしは手っ取り早くそいつに会って怒鳴りたい気分なのよ!」
あはは、と軽い調子で笑う九夜に浜は眉をひそめた。
「会って怒鳴るだけなら良いけどさ」
「あ、九卿様見て。あそこに誰かいるわ」
と、右の方に指差した浜に、九夜は目を細めた。
「あれは……」
『彼方なら相も変わらずお気に入りの木の上にいるわよ。私が見かけたときには爆睡していたわ』
千鳥はそういって彼方の居場所を教えてくれた。そして千鳥本人は樋都のところに行くといっていた。まだ友達になることをあきらめていないらしい。健気なことだ。
そして、私は右に行くべきか左に行くべきか、迷っている最中である。
迷子になったのではなく、ただ単に彼方がどこにいるのかわからないのである。木の上にいる、という情報だけでは山の中にある山賊の地ではどこにいるのかも見当がつかない。もう少し千鳥を留めておくのだった、と後悔してももう遅い。
振り出しか、と悩んでいたときに見知った顔が横切った。
「天華、だよね」
「あ、確か忍者の里長の」
「弟の九夜だよ。そしてこっちは浜」
数週間前に出会った可愛らしい子はペコリと頭を下げ、隣の女性を紹介していた。目元がパッチリとして美人とはいえなくても、ちゃっかり可愛いの部類に入っている女の子だ。こころなしか、なぜか睨まれているような気もするのだけど、気にせずに挨拶をすることにした。
「はぁ、こんにちは、天華といいます」
「挨拶はどうでも良いわ。早速本題に入るのだけれど、成宮様を誑(たぶら)かした女というのはあなたのこと?」
「へ?」
「浜、そんなこと言ってもわかるはずないよ。天華が矢彦のことを知っているとも限らないし、そもそも天華は男らしいから」
「はぁ? なんですって? あなた、男だったの?」
「だから浜は早とちりしすぎなんだって」
「男だというなら興味ないわ。せめてその誑かした女の友達だとすれば価値があると思ったのに」
我を張る浜に、私は愕然としていた。
別に浜の言う事がショックで動けなかったわけではない。むしろ九夜の言う事が信じられなくて目を瞠っていた。
――――矢彦、って……。
そこで、私は思い出した。戦に出かけたときの、彼方の言葉を。
『なんでも、腹に毒のしみこんだ刀で刺されたとか』
どうしてそのときに思ったことを肯定しなかったのだろう。大怪我を負った代わりに出てきた使者はその里長の弟だった。そしてその弟は里長のことを矢彦と言った。
もうこれは確定した。成宮と言うのは、矢彦のことだったのだ。この時分名前を二つ持っていることは珍しくないはずだ。偉いところの家系なんかは、特に。
――――その里長を、たぶらかした……?
はて、もし私が女だとわかっていても浜は私に誑かしたといえるのか。私には誑かした記憶などない。それにそうだとしても証拠もないのに、と思う。
だけど、九夜の言葉でそれは打ち砕かれた。
「髪の短い娘だと聞いていたから、天華かなとも思ったけどね、性別が違うからさすがに違うかなぁ」
そういう九夜だけれども、目が違うことを私は気づいてしまった。
睨むとか凝視とかはまた違う、集中的に見つめるような視線。
――――この子、気づいている! ……私が女で、おそらく里長を誑かしだんだろうって…。
違う、と言いたかったが、浜が九夜の裾を力強く引っ張ったため九夜からの視線が外れた事にひとまずほっとため息をついた。だが、安心もつかの間、木陰からもう1人見知った者が出てきたのだ。
「九卿様、浜様」
その声に、ぎょっとして私は顔を上げた。この声も聞いた事がある。ここに来て初めて会った少年、矢彦の名前を知るきっかけとなった声なのだから、忘れるはずもない。
目の前に、私と同じく目を瞠る青年がいた。あの時と変わらず黒い忍び装束を身に付けた、背の高い青年だ。
「お、前!」
「あんたは、……」
私とその青年はどのくらい睨み合ったのかはあまり覚えていない。私は凝視したというのが正しいのだけど、青年は眉を寄せていたから多分睨んでいたと思う。
けれどその睨み合いは、有難いことに浜の一言で終わったのだ。
「紀伊、そんなところに立ってないで、屋形に戻るわよ。見つからなかったことを成宮様に報告しなくちゃいけないわ」
「しかし、あの人は」
一旦はずした視線をまた私に戻して、私は身をすくませた。
「あの天華って子? あの子は外れよ。……見詰め合いはもうそこまででいいから!」
そう怒鳴られて紀伊は仕方がないように肩を落としてから浜と一緒にどこかへと行ってしまった。一緒に行けばいいのに、九夜は最初にいたその場所から離れずに立っている。
その表情は、笑み、だった。
「覚悟した方が良いよ」
「……なんの」
「浜は手ごわいから」
最後ににっこりと笑って二人が消えた方向に、九夜もまた歩いていった。
――――誑かすって……。
「あたし、矢彦って人を騙した記憶ないんですけど……」
自分はただ優しく、寂しくないように手当てをしただけだ。それなのに、誑かしたというのはなんとも酷い、と思う。
そんな中、肌身離さずつけている不吉であるはずの『呪』の玉は、優しく私の心を温めてくれているような気がした。
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