「ある日のことよ……私が木の上で戯れていたときだったわ」

 山賊たちと私が「何故千鳥が彼方を男だと言うのか」という質問をしつこくしたために、最初喋る気もしなかった千鳥が、彼方を男だというある日のことを話してくれることとなった。
 千鳥が美化されているような気がするのだが、ひとまず置いておいて。

「ふとみると、向こうの木の上にも彼方が悠然と座っていたの」
「彼方さんが、木の上に……どんなに美しかったことでしょう」

 今の時代では、普通は下品だと罵るところなのだが若者はそれをきにしていないのか、夢見るような口調で言った。最初は可哀想だと思っていたのだけど、さすがに気持ち悪いかもしれない。

――――千鳥の言うこと、なんだかわかる気がするなぁ。

「私は彼方が私の真似して座っているものだと思っていたの。だって座り方も同じだったし、私のほうが綺麗に座っていたのよ?」

 訂正。美化されているかも知れないと言ったが、完璧に美化されている。どうやら千鳥は彼方を奈落に突き落としたくてたまらないようだ。

「それで私いったのよ。『私の真似をするのは即刻止めなさい。似合わないわよ』って。そしたら、彼方、なんていったと思う?」
「『私のほうが綺麗だからいいじゃない』とか?」
「天華、彼方は自分のことを誉めない主義だわよ」
「あ、そっか」
「彼方はね……『千鳥の方が似合わないから別にいいんじゃないの』って言ってたわ」
「…同じようなことじゃん」
「……彼方さんがそんなことを言ったのですか?」

 若者は信じられないのか、眉をひそめている。毒されてんなぁ。それを見て、千鳥は慌てて手を横に振った。

「違う違う、そういう意味じゃなくて、そりゃ私も最初はそう思ったわよ。彼方が自分のことを格上げしているようないいかたしてるって。でもそうじゃなかったのよ。その後、彼方がこういったのよ。『僕は男だから別に木に登ってもおかしくないんだしね』って。私が女だから木に登るのをやめなさいって遠い言い回しをしてたのよ、あいつ」
「……自分でばらしたんかい。あれほど私に注意しやがって」

 ポロッと出てきた言葉に、千鳥は目を丸くした。

「天華、知ってたの? 彼方が男って」
「あ、つい……」

 慌てて手を口に当てるが、もう遅い。私は自分の口の軽さに呪いたくなるけれど、もう彼方が自分で言ったのだから別にいっか、とも思う。
 そんなときに山賊たちは初めて助け舟をよこしてくれた。

「とにかく、彼方の正体も気になるが、お頭とそいつの誤解を解けってお前はそういいたいんだろう、千鳥」
「そうよ。さっきも言ったけれど、天華は男。お頭は別に天華のこと子弟くらいにしか思ってないわよ。今も昔と変わらず樋都のことしか考えてない欲情男」

 鼻であしらった千鳥はそう言って私の手を引っ張り、そう速くはない速度で人気のないところまで連れていかれた。








 連れ出された場所は川のほとりだった。海道と再会(と言っていいのかわからないけれどそういうことにしておくと)して戦の宣告を聞いた場所でもあり、樋都に雷のことを相談された所でもある。私はどうして千鳥が私をこの場所に連れてきたのかはわからなかったけれど、怪訝な顔をして相手の顔を覗きこむとその顔がわずかに歪んだような気がした。悪い方の意味ではない、笑っているのだ。

「勇敢な娘ね。雷を怒鳴るだなんて。いつも疎んでいた私にはとても出来ない芸当だったわ」

 その言葉を聞いて、千鳥はあの雷との会話を聞いたのだと納得した。けれど、聞き捨てならない言葉が、ひとつ。

「今、なんて……?」
「天華、私に隠し事なんて最初から無駄なのよ。わかっていたわ、あなたが女であることぐらい」

 初めて会ったあのときに誤解を解こうとしたとはいえ、最初から千鳥は天華のことを疑っていた。皆も私ことを女だと勘違いしていたが(といっても本当は女であっているけれど)、千鳥にはやはり隠し切れなかったか、と天華は俯く。

「うふふ、冗談よ。いくら私とはいえ、あの彼方があそこまで天華を女であること否定していたから、男だと思い込もうとしたの。だけどね、彼方から教えてくれたわ、全部」
「……え、彼方? 全部、って…」
「天華が女であることから、全神とか、本当は違う時代から来た、とか。樋都が知らないことまで全部。お頭は知っているのだろうけどね、おかげで私も責を負うことになっちゃったわ。彼方はどうするつもりなのかしら」

 彼方の微笑とは違って、顔自体が生きているような千鳥の笑み。初めて生き生きとしたその笑みを見て千鳥が何かに解放されたのだと知った。そして、それはおそらく雷の妻であることから自由になれた自然の気持ち。樋都に何も恨まれずに過ごせる事がよほど嬉しいのだろう。
 振り返る千鳥に、天華は言いようのない気持ちがあふれた。

「あなた、少し噂になっているわよ。戦が終わってから変だ、って。彼方が心配していたわ」
「心配するわけないじゃない、彼方が……」

 咄嗟に千鳥の言うことを否定していた。自分でもわからない、ただ何かに焦燥しているような、そんな感情ばかりが体の中であふれている気がした。

「彼方が、私をおかしくしたんだから」

――――そうよ。

 彼方の本来の気持ちであるあの声を聞いてから私は、自分でもおかしいと思うほど壊れていくのを感じた。小さいころのなんでもないような遊びを嫌っていたころを思い出して、彼方のことが好きなのだと気づいて、挙句の果てには、どうしてなのか右目も赤くなって。でも、本当は知っているつもりだった。
 だけど、今は、自責の念ばかりが募っていた。ごめん、と謝ろうとはするけれど、追いかけていこうとするその背中がだんだん離れていって、独り闇に放りだされた。それから一向にその導きの光が見えず、そこに佇んでいる。

「はぁ?」

 独り俯く私に千鳥は眉をしかめる。意味がわからないのか、まるで私を怒るような体勢で立っていた。

「彼方と話が違うのだけど、どっちを信じるべき?」

 え、と顔を上げると、困ったような千鳥の顔が大きく見えた。口に手をあてて、悩んでいるようだった。「ちょっと聞いて欲しいんだけど、」と千鳥は私の肩をぽんぽんと叩く。とりあえず落ち着け、と言われているようだったので素直に千鳥の言うことを聞いた。

「天華、勘違いしてないわよね」
「かんちがい……?」
「さっきの話と同じよ。彼方って、ほら、よく意味不明な話し方するじゃない? それで天華は勘違いしたのじゃないのかと私は推測するわね。さっきだって『千鳥の方が似合わないから別にいいんじゃないの』って言葉も私だけじゃなくて皆勘違いしたのだし」
「……」
「信じなさいよ、天華。そんな彼方の言動一つひとつ気にしていたらキリがないわよ」
「そっか、…そうだよね」

 それを聞いて、心のもやもやが取れた気がした。

――――そうよ、彼方の言動なんかに気にしてた私が馬鹿だったわ。

「千鳥、彼方はどこ? 千鳥なら知っているわよね」
「……辛そうな顔しているけれど、無茶はしないでね」
「しないわ」




――――辛そうな表情をしているのは彼方のせいだって、そう思うことにするから。

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