『卑怯だ』

――――あの時、私はどう答えたんだっけ。

 忘れてしまった。けれど、良しも悪くも今、私はあの時と同じことを繰り返そうとしていると思う。








 雷を怒鳴る声が、頭の中で木霊している。今の時代ではありえないほど短い髪をした少女は何かの覚悟を持って、お頭に刃向かっていた。

『神から断ち切ってやってよ、可哀想な樋都を』

「断ち切れるのなら本当の神に縛り付けられている君はどうして断ち切らない?」

 彼方は、ふぅ、とため息をつきながら言った。
 全神である天華が、どうして迦楼羅から縁を切ろうとしないのか。

――――そんなの、簡単だ。

「君がそれを望んでいるからだろう」

――――そして、そうさせたのは自分だ。








「彼方を知らない?」

 私は片っ端から仲間を引っ張って彼方の居場所を突き止めようとした。自分で捜そうと考えもしたのだけど、虱潰しに捜すのは腰が折れる。それよりも人に聞いて本人を捜す方が良いだろう。
 と、思っていたのだけど。

「あれ、君新しく入ってきた子だよね?」
「はぁ、この間はいったばかりだけど」
「かわいいじゃん、お頭が樋都を辞めてこの子にうつった気持ちわかるなぁ」
「は?」
「お頭とはどこまでいったんだい?」
「なんのこと?」
「……もしかしてまだなんだ? タフだねぇ、お頭も」

 ニヤニヤと笑ったり同意を求めるような顔して肩を掴まれたりしている山賊たちに、私は意味がわからなかった。なにが言いたいのか、全くさっぱりちっとも。

「あんたら、これ以上樋都を貶すとお頭に伝えてやる」

 怨念がひしひしと伝わってきそうな声が聞こえたかと思うと、肩を掴んできた山賊はだんだん青ざめていった。この声は聞いた事がある。誰だったか忘れたが、久しぶりに聞いた声だ。
 後ろを振り返ると、腰に手を当てた千鳥の姿があった。右手にフライパン、左手にお玉を持たせてやると、毎朝起こしに来る私の母像が出来上がりそうなほど怖い顔をしている。これも、原因はわからないが、おそらく私の方を掴む山賊が樋都の悪いことを言ったのだろうと判断する。

「あんたら、その誠じゃない噂はどこから仕入れてきた?」
「仕入れるって……皆そういってるぞ、お頭の趣味が変わったって」
「では今すぐ仲間のところにぶち込みに行きなさい。その情報は間違っている、と」
「ぶちこっ……お前仲間をなんだと思ってるんだ」
「なんだっていいでしょうが。まず、訂正するところは二箇所あるから、よぉーく聞くのよ? 聞き間違えたりしてみなさい。私があんたらをぼっこぼこにしてやるわ。……そーねぇ、まずは木の上からぶら下げて彼方からもらった鞭で腹の皮が5枚ほど剥けたところで3日ほど海水に浸した後干して……」
「もういい! で、何が言いたいんだお前は!」

 千鳥は満足げに山賊たちを見下ろした。そして唇の端を吊り上げると、なんと恐ろしいことか。樋都と同じような発想をする千鳥に敷かれた山賊たちをよそに、私はそんなことを考えたりする。私も見下ろされたりするのだが、怖いとは不思議と思わなかった。心境はいつでもミステリーだったりするのだな。

「まず、お頭はその子になんか興味もないわよ」
「だが、抱き上げているところを何度か見た、とだれかが」
「そうなの、天華?」
「抱き上げられた記憶は……ない」
「はい、見間違い」

 あっけない結末に山賊たちは渋る。

「だが、その子がお頭に気があると……」
「え、そうなの、天華?」
「だだだだ誰がお頭なんぞに!」
「ただの勘違いじゃないの。ばかねぇあんたら」
「だがだが、」

 山賊たちはそれでも負けるものかと勢を張っている。正直、みっともないような気がしてくるのだけど。

「彼方がそのようなことをいっていた、と」
「はぁ? そうなの、天華?」
「……それはお頭に聞くべきだと思う」
「それ聞き間違いなんじゃないの、あんたたち」
「いや、でも」

 どうしてなのかはわからないが、山賊たちは私と雷をくっつけたがっているらしい。山賊たちの若い身なりをした1人が目を輝かせて聞いてきた。10代なんじゃないかって言うほど久しぶりに見る生き生きとした男の顔だ。

「彼方さんは知的で素晴らしいですから、おそらくそうなのだろうと」

 そして頬をわずかに赤らめた。

――――そういや彼方は女で通しているんだっけ。

 可哀想な若い男に、だけど無情な千鳥は見事な蹴りを顔に食らわせた。

「?!」
「ち、千鳥?!」

 あわわ、と私とその周りの山賊たちが青ざめてパニックになりながらも成り行きを見ていると、千鳥の頭がだんだん大きくなるのが見えた。いや、ただの幻覚なのだろうけど。でも大きくなるように見えると言うことはただ事ではないことを表す……はず。

「お〜ま〜え〜」
「はいぃ!」
「彼方の言うこと信じて私の言うこと信じられないと言うの? あの謎めいたやつ、というより隠れて厭味ったらしく言う奴を信じるとでも?」
「そんな、彼方さんはそんな人では……!」

 と、また顔を背けて乙女っぽくした若者に、ブチッと恐怖一歩手前を歩んだときによく聞く音が聞こえた。これはやばいぞ、とは思うけれど千鳥を止める方法を知らないことに気づいた私はそのまま立っていることしか出来なかった。
 ファイト、若者よ。そして生まれ変わったらその素直さをどうにかしたほうがいいとお勧めしておこう。

「一旦死んでこいこの変態! ――彼方は男だ! そして天華も男だーーーー!」
「えぇぇぇ!」




 あれ、千鳥ってなんで彼方が男だって知ってるのと言いたいのだけど、あまりの迫力に「はい、そうですね」と答えることしか出来なかった私である。

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