――――つくづく私は不幸者なのか幸せ者なのか、ちっともわからないわ。

 少年を近くにあった土手の傍に寝かして、山道に入るとすぐに薬草が見つかった。それも大量だ。あまり手間がかからずに手に入るのは嬉しい。中学校までが田舎育ちだったのと、おばあちゃんの知恵を叩き込まれたことがかなり役に立ったのだ。

「これで十分でしょ」

 薬草を片手いっぱいに抱え、もう一方の方手で裾についた泥を払う。むしろ多いような気もするけど、これから何が起こるかわからないので予備に持っておく。それに少年の怪我で一番重傷なのはお腹なのだけど、怪我はお腹だけではなくてところどころに擦り傷があったのだ。それを目的に薬草を採ったのだ。
 そんなに時間が経ってはいないけど、少年が起きる時間のことを配慮してもうそろそろかなと元の道に戻ってみた。けど、あの少年はいなかった。

 もしかして動いたのだろうか。重傷だというのに。
 不安になり慌ててその近くを捜すと、少年はすぐ見つかった。どうやら川に入りたくて膝まで浸かったのはいいものの、私ががっちりと結んだ着物を外すのに苦戦していた。どうやらおばあちゃんの知恵がここでも役に立ったみたいだ。そう簡単には外れまい。
 ふと、少年は私の気配を感じたのか、こちらを振り返った。

――――……? なんか目が色っぽい……。

 もしやと思い、額に手をやる。
 考えていたことは当たりで、なんと少年の体は信じられないほどの熱を持っていたのだ。

「――馬鹿! そんなんで川に入ろうと思ったの?! 無茶にもほどがあるわよ、じっとしておきなさいよっ!」

 少年は驚き、目を丸くして少し笑った。何よ、とは言い返したくはなったけど、とりあえず少年の手を掴んで川から引っ張り出す。こんなところにずっといたら風邪を引いてしまうのだろう。それに下着姿になってから気付いたことだが、肌寒いのだ。山に入るときに実が成っていたものが多かったので、多分今は秋の真っ最中なのではないかと思う。それで川に入ろうなんて普通はしない、はずなんだけど。
 少年はぼんやりとしながらも引きあげようとする私の手を振り払う。
 気にするな、とでも言いたげに。

――――ええい、じれったい!

 私は少年を抱えて川から強引に出した。少年はびっくりするほど軽くて、血を出しているというのに血の臭いなんかしなかった。それどころか少年の背中の中ほどまである長い髪が揺れる度にいい匂いがする。一応女である私は、その匂いを嗅いで密かに顔を顰める。全くもって嫉ましいものだ。
 そんな私の心情をよそに、少年はやんちゃな子供のように暴れた。暴れたといっても私の背中を痛くない程度に叩いて離れようとしただけだ。
 いくら私よりちょっとだけ背の高いといっても所詮は怪我人なのだ。
 寝かせた場所に戻ったところで少年を離すと、少年は安堵のため息をついた。私は少々むっとした。何さ、あんたの体を労わっているのにさ。
 だけどあまり気にしないようにして、少年が何かを言おうとしたことは無視し、懐に入れておいた大量の薬草を取り出し、着物の結び目を外した。少年がどれだけ外そうとしても出来なかった固い結び目は、私の手にかかるとあっけなく解かれた。
 何かを言おうとした少年は作業にかかった私に感心したのか、諦めた様子で口を閉じる。薬草を付け終わったあとで、着物の柔らかそうなところの一部を破き、少年の体を拭こうとして服を脱がそうとしたとき、
 何故か少年は暴れた。

「ちょ、ちょっとちょっと、体を拭くだけじゃん! 何でそんなに嫌がるの? 男なんだから上半身晒したっていいじゃない。それにあんたは病・人! 私の言うことを聞いてやってもいいんじゃないの?」

 だが、少年は暴れるのをやめようとはしなかった。

「な、私があんたを襲うと思ってんの?! 別に襲ったりはしないわよ!」

 思ったより力強い私に敵わないと知ったのか、熱の所為で思うように動けないのか、それとも私の言葉が胸にきたのか。とりあえず少年は諦めと戸惑いの混ざった色っぽい目でこちらを見て、暴れるのをやめた。私は何ともいえず、しばらくは無言でいたけど、ひとまず安心してベリッと堂々と少年の服を剥いだ。
 やや馬乗り気味だったから傍目からみると私は変態に見えるかもしれない。でもしょうがないじゃないか、これも治療の一環。だから反省の色もなしに、いたって真剣に少年の体を拭いた。……途中から少年の体にドキドキしてしまったのは不覚だけど。
 少年の体は細いけどよく鍛えられていて、誰もが憧れるような体格をしていた。体を拭き終え顔を上げると、少年はじっと私の顔を見ていた。潤んだ目に躊躇したが、私は気にしないフリをして再び川へ向かった。

――――かなりやられているのかなぁ。辛そうだし、……なんか目がすごいんだけど。

 やけに目が潤んでいるのは病人だからなのだろうと私は勝手に思い込むことにしたが、それにしては、よく暴れる。照れているのかと思えば私の方をじっと見るし、暴れると思いきや私の言うことは聞かない事もない。男の子の心情はよくわからない。

「あーぁ、嫌になるなぁ」

――――でも、人が見つかるまでは私がちゃんと看てあげなくちゃ駄目かな。

 それが、私に今出来ること。最後まで面倒をみること。それが最善だろう。
 私はそう決心して、少年のところへ戻る。少年はまた動いていたのか、うつ伏せた状態で倒れていた。

「んなっ、何で動くのよーー! あれだけ動くなと言っ……てないけど動くのは駄目だって!」

 少年の体を必死に戻し、先ほど洗ってきた少年の服から破いた布を少年の額に当てる。少年は虚ろな目で私を見上げた。その中に悲しみとか混ざっていたような気もするけど、気にも留めずに私は小さく笑った。

「お休みよ。寝ることも大事なんだからね。……誰かがきてくれるといいわね」

 私はそんな風にしか言えなかった。せめて、期待の言葉を。このままだと喋らない少年がかわいそうに見えたから。
 そう思いながら私は少年の頬と頭を撫でる。
 少年は複雑な表情をして、やがて安心しきったように眠った。

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