することもなく道端の傍にある石の上に座っていると、向こうから仲間がやってきたのが見えた。普通ならそれを無視してほうっておくのだろうが、それが誰なのかわかったとき、自然と体が逃げる準備を始めていた。

「こらーーー! 彼方待ちなさい!」

 やはり、樋都だった。
 凄い形相でこちらに来ているところを見ると、用があるのは確かなのだろう。逃げようと思っていたのだが、仕方がない。
 深いため息をつくと同時に樋都がすぐ目の前に現れた。
 そして唐突にこう言う。

「彼方、私に隠し事しているでしょう」
「……へ?」

 いきなり何を言うのだ、と思わずにはいられなかった。そんな心情が表情に出てきたのか、樋都は顔をしかめながらも説明してくれた。

「彼方とお頭だけで何か約束したんでしょう」

――――あぁ、そのことか。

 あれを約束というのだったら雷はそれを律儀に守り続けているといえるだろう。だが、約束というそんな生易しいものではない。

「樋都は聞かないほうが良いかもね」

 もしそれを聞きたいというのだったら、天華や雷だけでなく樋都までも縛り付けることになる。彼方の末路を、本当の真実を知るということはそういうことなのだ。だから、雷は樋都に話さなかった。関係のないものを巻き込みたくない性格をしている雷ならそのような行動に出ることはわかっている。おまけに相手は樋都だ。
 だが、そんな雷の心の中の事情など知らず彼方に直接聞いてくる。

「樋都、お頭と喧嘩した?」
「まさか。殴るどころか触れ合ってもいないのよ? それなのに向こうは向こうで勝手に落ち込んだりして……私のほうが傷付いたのにー!」
「……つまり、口喧嘩をしたんだね」

 呆れとも取れるため息を吐いた彼方の隣に樋都は腰掛けて足を組む。手と手が当たって、彼方は樋都の特徴である切れ長の目をじっくりと見た。

「樋都はいつから雷をお頭と呼ぶようになった?」

 すると樋都は首を傾けた。

「さぁ、いつだったかなぁ……? 彼方と同じぐらいだと思うけれど」

 樋都の答えに彼方は微笑む。そして雷は可哀想だなぁと思うのだった。

「言っておくけれど、雷をお頭と呼んだ第一号は樋都、君だよ」
「……」
「覚えているだろう、僕がはじめてここに来たときのこと。その時、樋都はこの地の巫女だった」
「今も巫女のつもりなんだけど」
「それは随分と気ままな巫女だね」

 背中をしゃんと伸ばした樋都はどこか凛々しく見える。それが本当の樋都の姿だと思うと、彼方は安心したような気持ちになる。

「僕が始めてここに来た時、一番最初に声をかけてきたのは今のような振袖ではなくて、巫女装束をつけた樋都だった。お頭もそれに倣うように僕に声をかけてきたけれど、それがなんだか社交辞令のような気がしてならなかったよ」
「私、友達になれるかと思っていったつもりなんだけど」
「樋都はそうでも、お頭は違っただろうね。思えばあのころのお頭は樋都に付いていく影のような存在だった。ふと樋都の姿を見れば、必ずお頭の姿があったんだ。樋都が何処へ行ってもお頭はそこにいたんだろう?」

 彼方は、樋都が目を閉じて頷くのを感じ、小さく笑う。

「そんなお頭が自立したとき、樋都はいきなりお頭に向かって『お頭』と、そう言ったんだよ」
「思い出したわ」

 樋都のほうに目を向けると、山賊ではなく、巫女としての樋都がそこに立っていた。その表情は曖昧で、笑っているようなのに泣いているようにも見える。

「私、本当に巫女なんだ、って最初に思ったときなんだもの」

 確かに、そうだった。雷にそう告げた樋都は子供らしくなくて、清楚そのものだと感じた。そのころの彼方が、これが巫女なのだと初めて知ったのだから良く覚えている。

「『お頭、この山賊を任せるよ』、そういったのよね」
「夢でも見たのかと思った。でもその後本当にお頭がお頭となり、山賊を仕切るようになって初めて実感したんだ」
「そのつもりはなかったわ」

 穏やかに樋都は微笑んだ。その表情は暗い。

「私、天華にこのことを言うわ」
「……何故それを僕に言う?」
「さぁ、言わなければいけないと思って。そして、天華にも。たとえ聞いてくれなくても、私は天華に聞かせてやるわ」

 強制か。そう呟いて立ち上がり、そこから去ろうとしていたときだった。
 樋都は後姿の彼方に咎めた。

「たった一言で相手は自分を気にかけてくれなくなるけれど、逆もあるのよ」
「……だから何故それを僕に言う」
「あのね」

 いつの間に自信がついたのか、視界の端で揺らぐ樋都の目は勇ましかった。

「あの一言で雷は巫女である私から離れたけれど、私から近づけば何とかなるって、わかるの」
「僕と樋都は、立場が違いすぎる」

 樋都は雷に敬遠されているけれど、それでも愛されている。垣間見る雷の表情がその証拠だ。

――――それに比べて、自分たちの方は入り組んでいて汚れている。

「余計な考えなんかしなくていいのよ。天華は迷っているけれど、大丈夫よ」

 樋都は母親のように、彼方を包み込むように笑う。




「巫女の一声だと聞いたら彼方は安心する?」

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