目の前の惨状に、私は動けなかった。でも、これはまだ予想内の範疇だった。
 戦のあるところから随分と離れた、地形の高いここから私と彼方は見ていた。夕焼けの目立つ時間帯でもないのにやけに空が赤いのが印象的で、呆然と見ることしか出来なかった。

――――これが、あの時と同じになるんだ。

 私はここに来たばかりのことを思い出す。死体だらけで、それが足の踏み場がなかったぐらいに広がっていた。それから離れると、火葬でもあったような場所に着いて匂いが酷かった。どうして戦場が火に包まれるのだろうとそのときは思っていたのだけど、幽玄の作戦内容を聞いてからその理由がわかったのだ。

――――今日も一緒。あの時と一緒……。

 矢に火をつけて放つのだと幽玄に聞いて、私は愕然となったのを覚えている。普通の戦には使わないのだそうだが、それは奇襲作戦によく使われるらしい。その弓矢を一斉に放たれるだけでもおぞましいのに火をつけるだなんて。

「火は人間の敵なのよ」

 ポツリとそう呟くと、彼方が苦笑して答えた。

「まだこれはいい方だよ。この間の戦なんか、もっと酷かったと聞く。海道の見聞だからね、これは確かだ」

――――この間の戦……私がいた戦場のことだ!

「この戦はその時よりも酷くならないの?」
「そう。忍者の助けを求めたから、その里は当初の予定よりももっと被害が酷かったそうだよ」

 もっとひどかった。それならば、その忍者は手助けをしなければよかったのに。
 私と並んで戦の惨状を見つめている彼方は、知っているのだろうか。
 私が、その戦に居合わせたことに。

「それよりも、忍者って?」

 そ知らぬふりを続けることにして、私は聞いた。

「たった一人だけ、忍者がその里を助けようとしたらしい。まだその忍者が生きているかどうかはわからないけどね。でもこの間忍者の使者が来ただろう?」
「忍者の里長の弟といっていたわね」
「忍者の里長はその戦で大怪我を負ったらしいよ。使者が言っていただろう? なんでも、腹に毒のしみこんだ刀で刺されたとか。よく生きていられたもんだと感心するよ、全く」
「―――っ!」

 一瞬、あの時の映像が浮かんできて、首を振る。

 死体に埋まっていた少年。
 少年の手を引っ張る私。
 下腹に怪我を負っていた少年。
 毒を吸い取る私。

『なんでも、腹に毒のしみこんだ刀で刺されたとか』

 あの少年が、忍者の里長なのだろうか。

――――まさか、でもそれは……あり得るかもしれないけど……でも…!

 彼方に怪しがれながらも首を精一杯に振って、再び正面を向く。
 彼方が私の肩に手を置くまで、私は少年のことを忘れようと、戦の現状を目に焼き付けていた。








「戻ろう」

 不意に彼方がそういって、私は目を瞠らせた。

「すぐそこに戦があるのよ? その最中に帰るなんて失礼じゃない」
「どうして? 戦に怯えて帰るやつもいるんだから、当たり前だろう? それに天華は願わないじゃないか」
「だって願ってもなかなか叶わないのだもの」

 『はやく戦が終わりますように』と願っているのに、戦は一向に静まらない。寧ろこれはまだ序の口で、ますます酷くなりかけつつある。今でさえ酷いというのに。

「それはそうだろう。全神が願いを叶えるわけじゃないんだよ」
「じゃあ、どうすればいいのよ?」
「僕は言ったはずだよ。『全神は唯一願いを叶える者』だと。多分、天華は言葉を間違えて納得してしまったみたいだね」

 ますます意味がわからない。

――――願いを叶える者は、全神なんでしょう?

 首を傾げている私を一瞥した彼方は、ため息をついた。

「迦楼羅は何のために存在しているのかわかる?」
「神様じゃないの?」
「ただの神様は必要ないよ。人間に伝える手段がない。そこで全神が現れて、全神は迦楼羅の耳や、口となったんだ。もうわかるよね?」
「わかんないよ!」

 頭をフル回転させても、クエスチョンマークが飛び散るだけだった。大体、彼方の言い方が難しすぎる。
 やれやれ、とまたため息をついて彼方は私を真正面から見つめた。

「全神は『叶える者』だけど、『願う者』ではない。『願う者』は、唯一全神だけが接することの出来る迦楼羅なんだよ」

――――つまり、迦楼羅が願わなければこの戦は終わらない。

「じゃあ、迦楼羅を捜す」

 震える手を我慢して、出来るだけ冷静な声を出したつもりだった。だけど、涙が自然とこぼれてくる。

「無駄だよ」

 私の考えをまた一蹴して彼方は苦笑した。

――――どうして? どうして何も知らないはずの彼方がそう言い切るの?

「迦楼羅はそれを望まないから。戦など、日常の範疇でしかないんだよ。それをいちいち止めるなんて、馬鹿げているとしか言いようがない」




――――なにそれ……。

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