戦を知らない私がでしゃばることを、彼方はいいと思っているはずがない。それは、雷も樋都も同じ。雷と樋都は、私が違う時代から来たことを知らないだろうけど、戦のないところで育ったのだと思っているに違いない。でなければいくら全神だからといってこんなに過保護になるわけがない。でも、女の人が戦に出てはいけないという決まりがないのだから私が戦に出てもいいはずなのに、と思う。現に樋都も出るのだ。力量は違うけれど、影で見守ることは出来たはずだ。それとも影にいることさえ危険な戦だというのか?
 違う。そうではない。
 幽玄が言っていた奇襲作戦は、あの織田信長のような発想に似ていた。山の地形をうまく利用して太陽や風などの気象を味方につけるといった、まさに現代風の考え方に私が驚いたほどだ。だから私が被害にあう確立は低いのだ。それなのに雷はさらに私を遠ざけた。

――――どういうことなの?

 考えてもわかりやしない。全神だからという理由だと思うことにしても、それにしては考えが浅はか過ぎる。私は子供でもないのだし、危険を察することは出来る。足もそれなりに速いし、樋都のお墨付きのはずだった。その私がどうして戦から離れなくてはいけないのだろうか?

――――嫌よ。仲間はずれなんて、絶対に嫌だから!

 近づいてくる彼方の馬を一瞥して、それに背中を見せた。逃げるという行為ではなくて、戻るという動作。彼方もそれに反応して、慌てて私の腕を掴んだ。

「彼方はわからないの?」

 掴まれた腕が痛いと思いながらも、私は反抗する。ピク、と彼方の指が動いたような気がした。

「私はこういうことをされると、本当につらいの。自分だけ安全なところにいるのが、辛い」
「一人じゃないだろう? 僕がいる」
「同じよ。一人が二人だったとしても、安全なところへ逃げるようなことをしている。実際、それをしているんだ」
「逃げるのは違う。命令されたんだ。それも、お頭に」
「屁理屈よ、彼方」

 後ろを向くのをやめて正面を向くと、女装姿ではみられなかったもうひとつの彼方の顔がそこにあった。

「それほどにして、私をここから逃がしてやりたい? 山賊の輪から、私を遠ざけたい?」
「違う!」
「どうして彼方は雷のいうことを聞くの? どうして全神である私の言うことは聞いてくれないの?」
「……」

 とうとう黙りこくってしまい、今度は両肩をつかまれる。
 私は何故か、その動作で悟ってしまった。

「彼方が言ったんだね」
「僕は、たまに君が千里眼を持っているのかと疑うよ」
「やっぱり」

 私の予想した言葉に、彼方が認めた。私は憤慨した。

「彼方が雷に頼んだんだね? 私を戦から遠ざけろって……!」
「すまない」
「謝らないでよっ、彼方なんて大嫌い!」

 両肩を掴んでいた彼方の手を払って、私は元の道に戻り始めた。また彼方が慌てて止めようとする。だけどそれを避けながら私は睨んだ。

 牽制されて、彼方はようやく落ち着いてくれた。私もそれと同時に落ち着く。

「行って、見るだけなら行かせない。君もわかっているだろうけど、戦は危険だ」
「ひとつ聞くけど、どうして雷は彼方のいうことを聞くの? ここに来てからずっと思ってたんだけど」

 雷は彼方の言うことをよく聞いている。彼方の物言いが柔らかいだけでそうは思えないけれど、少し命令口調にしたら彼方がお頭なんじゃないかっていうほどだ。私を神代に連れてきてくれたのも、彼方が雷に頼んだおかげなのだし。それに、説得というよりは軽い冗談気分で頼むような言い方だった。
 そのせいなのか、私の中ではお頭である雷の地位よりも彼方が上にいるような気がする。
 彼方はそれに答えなかった。いつも通りに、軽く笑って話を戻そうとする。この動作、私は嫌いであるはずなのに、憎めない。だから上っ面だけの睨み顔になるのだけど、彼方には効いていないようだった。

「帰ろう。雷と樋都は帰ってくるよ。だから安心して」
「安心できないって、いったじゃない。一人で帰るのは嫌だって」
「一人じゃない、二人だろう?」
「だから、一人でも二人でも同じことなの! いいから私を神代に戻して、戦に連れて行ってよ!」
「じゃあ聞くよ。行って君はどうするのだい? 仕様もないことだったら僕は止めるよ」

 前をふさがれて、逆に睨まれた。女装姿ではありえない行動に今度は私が怯む。

――――見るだけだったら、彼方に連れて行ってもらえない……。

 言うこともなく、しばらく経ってため息をついた音が聞こえて、彼方がついたのだろうと私は思った。だけどそれは私の勘違いで、自分のため息だったのだと気づいたのは自然とこぼれた台詞を聞いてからだった。

「彼方は言っていたよね? 全神は願いを叶える者だって」

――――そしてその全神は私。




「全神である私が願いを叶えさせればいいのでしょう?」

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