雷によると、神代の軍はかなり少なめに動くらしい。山賊が出す人数が少なくてよかったとぼやいていた幽玄に雷は渋るような顔をした。そんなに嫌なら取引に応じることを止めればいいのに、と思う。
 奇襲作戦ということで、向こうの動向を細かく知るために山賊たちが駆りだされた。もちろん、雷を始めとする山賊で重要な地位につくものはそんなちまちまする余裕はないので私と同じく待機する側だった。待機といっても、戦いに応じることは確かである。ただ奇襲作戦の内容によって戦いに入らない人がいるらしい。私は一応その人についていく、とのことだった。本当かどうかはわからないが、逆らってもどうにもならないことはわかっているので大人しくその人についていこうとした。
 そう思っていたんだけど。

「どうしてそれが彼方なのよ……」

 今日が戦の日であり、皆が馬を出して準備を整えているときに、私のところへ彼方がやってきた。
 私が付いていかなければいけない人は『若者』だと雷に聞いていたが、彼方だとは聞いていなかった。知っている人ならわざわざ『若者』などといわずに彼方だと言えばいいものを。どういう性格をしているのかと私は雷に悪態を付いた。もうこれで何度目やら。
 彼方は私を馬に乗せて、そこで大人しく待つように言われた。
 おそらく彼方は皆に別れを告げに言ったのだろう。これから戦が始まるのだ。誰が死ぬのか、わからない。皆生きているかもしれないし、全滅するかもしれない。予測できないのが戦なのだから。
 樋都は、どうなるかわからないけれど多分神代が勝つのではないかしら、といっていた。根拠はそれだけなのだが、勝ち戦になるだろうと私は思っている。
 馬の上で石のように固まっていた私は(動いたら振り落とされてしまうのでこのときの私は必死だった)正面に手を合わせて祈った。

 どうか、皆生きていますように。
 戦に勝てますように。








 しばらくして彼方は荷物を持って戻ってきた。
 なるべく体を動かさないように首だけを揺らして彼方に声をかけた。

「私も皆にお別れしたいんだけど」
「……大丈夫だよ。皆生き残ってくれるさ。それに、もう皆は出発した。残りは僕たちだけだよ」

 ひょいっと彼方は馬に跨って手綱を引っ張った。
 素っ気無い彼方の態度に私は眉をひそめる。

「本当にそう思ってる?」
「何が?」
「みんな、生きてこれると思ってる?」

 馬に二人で乗っているため、自然と私は彼方にもたれるような格好をしている。だから彼方の顔は見えない。だけど、彼方が一瞬固まったように感じた。

「私にもわかるよ、戦はそんなに甘くないことだって。たとえ勝ち戦だってわかっていても犠牲者は一人や二人、なんてものじゃないってことも。それに樋都は勝ち戦だといっていたけれど、本当はどうなるかわからないんでしょう? 私は敢えて勝ち戦だと信じているけれど」
「……」
「黙秘なら、もう何も言わないけどね、これだけは彼方にもわかって欲しいの」

 首だけを後ろに振り返って彼方の目を見た。

「私は平和な時代から来たけれど、戦のことを知らないわけじゃない」

――――戦争に立ち会ったわけでもないけど、これだけは知って欲しいのよ。

 対して彼方は、目を瞠らせるだけだった。








 小走りに進む馬の上で揺さぶられながら、私は彼方にふと思ったことを聞いてみた。

「ねぇ、思ったんだけど、これから何するの? お頭には付き人にただ付いて行くだけでいいって言われたんだけど……」
「……お頭の言うとおり、ただ僕に掴まっていればいい」

 耳元でそう呟かれ、私は死ぬ気で狼狽した。

「ちょ、それだけじゃいけないんでしょうが! お荷物だけは御免なんだからね! 私、ちゃんと手伝うわよ。さぁ、私は何をすればいいのか言って」

 手を動かして彼方の答えを促した。だけど彼方は苦笑するだけで、私の聞きたいことに答えなかった。
 代わりに質問で答えられる。

「まだわからないのかい?」
「は?」
「君は全神。それ以上の理由なんかないよ」
「……わからない、といったら?」

 どういう意味なのか、いまいちだ。
 首をかしげていると彼方は、はぁっとため息をついて私の頭をぽんぽんと叩いた。

「君が全神であることを、雷と樋都はわかっているはずだよ。全神は大切な存在。ただそれだけの理由だ」

 その言葉を聞いて、一瞬目の前が真っ暗になったような気がした。
 彼方の言うことが、今わかったのだ。

「何、それ。お頭、嘘ついたんだ?」
「……嘘をついたんだろうね。僕は天華を頼む、と言われてしまったのだからそれを実行しなければならない。その理由もわかるね?」
「雷は、私を安全なところへ運ぼうとしたんでしょ? その役を、彼方は買ったんだ」
「そう。だから天華は知らない振りして大人しく僕に掴まっているんだよ」
「そんなの嫌よ」

 馬のペースが落ちているのを幸いに、私はわざと落馬した。落ちるときに近くの藪に突っ込んでしまって手足に切り傷が出来たけど、地べたに頭をぶつけるよりはずいぶんと運がいい。

「そんなの、嫌だから」

 慌てて馬を止めた彼方に私は叫んだ。

「どうして彼方は私をこの時代に呼んだの? どうして全神である私の言うことを聞いてくれないの?」

――――あぁ、これ、八つ当たりだ。

――――私をこの時代に呼んだのは彼方じゃないのに……。

「彼方は、どうしたいのよ? 本当に私を安全なところへ連れて行こうとしたの?」

 さくっさくっと馬が戻ってきて私は正面を睨んだ。

「私は戻りたい。出来るなら、戦を見てみたいの」

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