戦を間近に控えて、山賊たちは少ない人数のこともあってか、屋敷の上等な部屋に泊まらせてくれた。といっても個別ではなく大部屋だったけど。当たり前か。ただ私の性別のことで雷と樋都、私、彼方は違う部屋に移させてくれた。その部屋というのが、山賊たちのいる大部屋とはまた違う上等な部屋で私は怖じづいてしまった。実をいうと、和室を見てここまで質のある部屋を見たことがない。テレビなどで見る和室は年季物っぽくて見慣れたものだったのだけど、ここはまた別世界である。屋敷が建てたばかりだということも原因なのだろうけど。
 そして、ひとまず休みをとってくださいと七宝に促されて山賊たちはのんびりと今を過ごしているわけである。
 だが、休みだといっても頭である雷はもちろん休む暇などありはしない。そして樋都も雷についていったためこの部屋に二人はおらず、彼方と二人っきりだった。

――――彼方が無言って……気まずい。

 この部屋はもちろん、神代の地に着いてから一言もしゃべっていない。口を閉ざしてじっと襖のほうを睨んでいる。何かあるのかと見るけど、そこには何もなかった。彼方は考えに耽っているという状況なのだろう。

「あの、彼方?」

 ややあって私は彼方に声をかけてみた。ゆっくりとした動作だったけれど、こちらに振り向いてくれた。雷みたいに無視するわけじゃないのね、と思って一応話を続けてみる。

「えっと、何かあった?」

 は? という顔で見られてしまった。
 何もおかしいことをいった記憶はないんだけど。

「何?」

 なんと、女装している彼方では考えられないことに眉間にしわを寄せたのだ。ぎょっとして彼方の肩をつい掴んでしまった。だっておかしいんだもの、この彼方。

「いつもと違うよ、彼方」

 そして私はぶんぶんと彼方の肩を揺らしてみる。だけどそんなことは効果あるわけもなく、むしろ機嫌を損ねてしまった。

「何だよ」

 ぎろっと睨みつけられて私は固まった。
 この時代に来てから因縁付けられている気がする、とこのとき密かに思ったのだった。
 ふん、と彼方は顔をそらす。私は、その動作がわがままな子どものように見えてならなかった。そんなわけでもないのに、と否定してみるが、やっぱりそのように見えた。

「彼方、もしかして男姿に慣れていないとか?」

 あてずっぽうに言ってみたのだが、彼方はびくっと肩を揺らしてそのまま動かなくなった。当たりなのかな?

「どうして、どうして? 本当の性は男なんでしょう? 今、女でしたーなんか言われたら私マジへこむよー?」
「これ」

 彼方は私の言葉をさえぎって懐から何か丸いものを出してきた。なんか見たことあるなぁ、とぶつぶつ呟いてよく見ると、それは『呪』の玉だった。
 私は心底驚いた。

「落し物」
「……いつの?」
「初めて会ったとき、着替えただろう?そのとき落ちていたから持っていたんだ」
「ずっと?」
「……そう」

 彼方の手に収まっているその玉を取ろうとして、はっとしてその手を引っ込めた。
 案の定、彼方はさらに眉をひそめた。

「いらない」
「これは天華のものだ」
「そうだけど、いらない」
「……どうして?」

――――どうして、ですって?

「彼方こそ、どうしてそんなこと聞くの」
「……」
「これは私を縛り付けるんだ」

――――縛り付ける?

 私は自分の言いたいことをよくわかってはいなかった。ただ、口が滑ったとでも言うのか、とにかく口が勝手に動いたのだ。

「ごめん」

 唐突に彼方が謝ってきて私は狼狽した。
 どうしてこんなに慌てなければいけないの、とまた自分の行動に疑問を持った。

「でもこれは天華には必要だよ。とても大切なものだ」
「大切なもの?」
「違う時代から来た天華が、この時代とつなぐ唯一のもの。……否、もうひとつ玉があるんだった」
「彼方っ……!」

 どうして彼方が、私が違う時代から来たってわかるのだろう。
 彼方の着物のすそを掴んで私は彼方を見た。私の言いたいことがわかっているはずなのに、彼方はまた顔をそらして襖のほうに視線をやった。

「まだ言えない。天華があいつに会って覚悟を決めるまでは、まだ何もいえない」
「あいつ?」
「名前は知らないが、あいつは僕の宿敵だ。まだ会ったことはない、けれど向こうもきっとそう思っている」

――――名も知らない『あいつ』が宿敵?

 それ以上何も言わずに彼方は天華の手に『呪』の玉をのせた。それをのせられた瞬間、私の体が重くなったように感じた。やはり、この玉は嫌いだ、とは思わずにいられなかった。

「僕はこの姿が嫌いだ」
「は?」

 また唐突にそう言われて気の抜けた返事をしてしまう。何がいいたいのだろう。

「この姿だと本性が出てしまいそうで怖い」
「それが本当の姿だと思うけど?」
「……そうか」

 そうだね、と漏らして彼方はやっと笑った。

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