馬に揺られながら目的地、神代(くましろ)に着いた。
 私は馬に乗るのが初めてで、雷に言われたとおりに背筋を張って頑張ったのだが、腰がしびれて何度も休む羽目になった。だけど、嬉しいはずの休みは最悪だった。私を乗せた樋都の馬が私を馬鹿にしたように見下ろしてくるのだ。樋都は気付いていないようだったし、彼方はそれを笑うだけだった。そこで意地を張って、あまり時間をとらないように早めに行くよう、私が雷にお願いしたのだ。
 そのせいか、予想した時間通りに神代に着いたのだった。








「馬鹿者!」

 着いてからの雷の一声がこれである。馬に乗っている間ずっと無言だったので、もしや機嫌を損ねてしまったのだろうかと心配していたのだが、どうやらずっと機嫌が悪かったらしい。よく許可が下りたものだ。
 馬鹿者もどき、神代を治める里長は幽玄(ゆうげん)といって、見た目はしっかりとしていそうな青年だった。
 ただし前にも言ったとおり、人を見た目で区別してはいけない。

「まぁ、そんなこといいなさんな、雷よ。同族だろう?」
「誰が同族だって? 言っておくが、俺たちをお前と一緒にするな。しばくぞ」
「あ、かわいこちゃーん」
「話を聞け、女たらし!」

 どうやらかわいこちゃんとは私のことのようだった。
 幽玄は、雷の足蹴りをかわして私のところへ来た。身のこなしはやはり里長である。指導力もかなりのものなのだろう。
 ぎゅっと手を握られて私は怯んだ。

「かわいいねぇ」
「ち、近づくな、馬鹿者っ」

 雷に倣って悪態をついたのだが、声が裏返ってしまって勢いがなくなってしまった。それどころか、また女だと勘違いされている。
 樋都は樋都で後ろで何か喚いている。しかし悲しいかな、幽玄は一向に引こうとしない。

「ん〜その声もそそるよ。雷、樋都の代わりでいいからこの子もらっちゃっていい?」

 側室入りの台詞を吐かれ、また私は怯んだ。

「そいつは男だと思え、幽玄。男同士で生殖できるならもらっても構わんが」
「やだなぁ、男ならいらないよー」

 あっさりと手を離してくれて、私は安心した。

――――それにしても癖の多い人ばっかりだなぁ……。

 この中で一番まともだったのは、後ろでずっと無言でいた男姿の彼方だった。








 賑やかにしていた場も、静かになって話が戻った。
 部屋にいるのは幽玄と幽玄の付き人である七宝(しっぽう)と山賊だけだった。
 七宝はすらっとした背の高い青年で、幽玄と並ぶと影のような存在だった。必要なこと以外は喋らないようで、幽玄と正反対の性格をしていた。とっつきにくい性格だと思うけれど、それよりも幽玄に、七宝に見習って欲しいなぁと思う。
 幽玄と正面に向かい合って胡坐をかいた雷が口を開く。

「山賊からは一応20人連れてきた」
「十分だよ、雷。いや、多いほうかな」
「ほほう、自信満々だなぁ?」

 雷は眉を吊り上げた。山賊の一部の人も同じ反応をしている。
 それはそうだろう。戦といえば何千、何万の兵が動くのだ。少なくても三千の人はいるはずだ。桁が違いすぎる。なのに多いとは何事かと疑いたくもなる。

「何か秘策でも?」
「雷は忘れてしまったのか? わしの異名を」
「できるのか?」
「わしを侮るな。このくらい出来なくてどうして里長を務めることが出来る?」

 そこで山賊たちは納得したようで、肩の力を抜くように安心していた。
 私としてはさっぱりなのだけど。
 雷はまだ幽玄を睨んでいた。納得がいかないのか機嫌を悪化したのかわからないけど、ますます怖い顔になっている。酒を用意してくれなくて正解だよ、と私は七宝に感謝していた。
 ふっ、と幽玄が笑った。




「奇襲をかけるぞ」

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