突然、私の視界が歪んだ。しまった、と思うよりも体が倒れるほうが早くて、近くにいた彼方にかかえられた。こんな大げさに抱っこされるのはいつものことなので、彼方の背中を見ながら私はため息をついた。

――――あーあ、どうりで朝からおかしいと思ってた。

 眩暈や立ちくらみは諸事情により私にとって慣れたものである。だけどこの時代にきてから何故か眩暈が収まったように感じたので、それに安心したのがいけなかったのだろう。動きすぎるといつもこの症状が出てしまう。最近の労働がまたしても祟ってしまった。いや、運動不足か。
 視線を感じて後ろを振り返ると、二人の山賊は目を丸くしてこちらを見ていた。

「天華、大丈夫?」

 樋都が近づきながら話しかけてきた。彼方もそれを聞きたかったようで、樋都と口げんかをすることを止めたようだ。この方法で二人のけんかを止めればいいのか、と私が納得して頷いたとき、またしても二人の仲が爆発してしまった。

「彼方が抱きすぎて天華が倒れちゃったじゃない! あんた駄目だわ。天華をこちらに寄越しなさい」
「抱きすぎるというのは樋都も一緒だろう? 人の所為にするのはよくないね」
「彼方の力が強いから倒れてしまったのよ。そうよ、それに違いないわ」
「そういうなら千鳥に抱かれたときの方が強いと思うな。あの後何回か抱かれたみたいだね、天華」
「抱かれましたけども……」

 千鳥の場合、不意に抱かれたのではなく許可を取って抱かれてあげたという方が正しい。というより、疑われたあとに抱かれることを許可する自分が馬鹿なのだけど。

「というか、二人とも待って。私はそれが原因で倒れたんじゃないのよ」

 疑問符を浮かべたような顔をして二人は再びこちらを見た。なんとなく長い話になりそうな気がして、私は口調を戻した。

「私は右目が見えないの。といっても光の一部分だけは受け取れるけど、今は左目だけで暮らしている」

 突然、樋都が慌てたようにばたばたとどこかへ走り去っていった。何事かと思うときには樋都の姿が見えなくなっていた。
 残された彼方と私は顔を見合わせる。

「……何事?」
「さぁ? 小夏を呼んだんじゃないのかな?」

 彼方も首をかしげながらも、私の問いに答えてくれた。
 ちなみに、小夏とは山賊の医者だ。私が小夏とはじめて会ったのは三日前であり、小夏のときも彼方のときと同様に会うより先に名前を聞いていたので、かわいらしい女の子かと思っていた。名前は体を表す、というし。だけど、小夏はなんと大男だったのである。髪はぼさぼさだし、服も廃れていた。名前を聞いたとき、密かに友達になれるかなと思っていた私のささやかな夢はあっけなくここで崩れてしまった。この大男とは友達どころか、近寄りがたいのだから。
 三日前の惨状を思い出して、意識なく私は身震いをした。
 小夏が山賊の男の一人にキレてぼこぼこにした、あの思い出だ。あれは恐ろしかった。

「うーん、天華は小夏が嫌いなのかな?」

 彼方がまた首をかしげた。そう聞いてきたのは、私の顔が引き攣っていたからなのだろう。

「嫌いというより、怖いのよ」
「慣れればそうでもないさ。あいつはいい友達になるよ」
「と、友達……!」

 とんでもない。あの大男と友達になる絵を想像していたら鳥肌が立つ。嫌悪感は感じないが、不気味すぎる。
 青い顔をした私を一瞥して、彼方は話を戻してくれた。ありがたい。

「それで思ったのだが、目が見えないことと倒れることに何か共通することがあるのか?」
「動きすぎて片目だけに負担がかかり、倒れたというのが妥当だろう」
「うぉっ!」

 いきなり図太い声が聞こえてきて、私は悲鳴を上げた。男のフリをしているとはいえ、私は女である。そしてとっさに出てきた言葉が『うぉっ!』というなんとも男らしい言葉にショックを受けた。もうちょっと女らしい悲鳴を上げたかった。
 図太い声の正体は小夏で、樋都と一緒に背後から現れた。

「心配はいらんだろう。本人が気づいているならそれに気をつければいいだけのこと。だが、あまり動かぬ方がよいかもな。その点については俺が雷に言っておく。労働時間を減らせ、とな」
 やったぁ、と心の中で叫んだのは内緒である。

「あと、樋都と彼方。そのちびに抱きつくのはいいが、ほどほどにしておけ」
「ち、ちび」

 ちび、とは私のことだ。小夏からしてみれば、私は小さいひよっこ同然なので口を挟まないようにしている。口答えしたところで直ることはないことも知っているのだし。
 彼方がにやっと笑った。ちなみに小夏がいるため、女に変貌している。

「あ、小夏。うらやましいんだぁ〜?」
「誰がだ」
「うふふ、そういっていつも影から見守っているのは誰かしら?」
「見守っているのではなくてだな」
「小夏は天華を抱きたかったのでしょー?」
「誰が男に抱きたいなどと思うか」
「顔を赤らめちゃって……あまり説得力のない言い方ですわよ、小夏」

 そういった彼方に、小夏はさらに顔を赤くした。やり込められている。

――――あ、仲間だわ。

 私と樋都は影で笑った。




 だけど、そんな平和で大変な時間はすぐに経ってしまった。
 私は忘れていたのだ。此処は私のいた時代とは違うということを。




 そして私はそのことについて何の考えもなかったことに。

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