「それで、話、とは?」

 私の話を切り上げて雷はいった。話の内容はわからないけど、どうやら忍者の当主からもちこんだらしい。呼ばれた雷は納得がいかないような顔をしている。偏見かもしれないけど、山賊って話がわかるようなものじゃない感じがする。それと話し合おうとするのだから大事な話でもあるのだろう。勇気のあるところだ。
 九夜は笑うことを止め、真剣な顔つきになった。その表情は子供とは思えない。

「あなた方、山賊にお願いがあります」

 それに対して、雷は鼻で笑った。こんな大事なときにえらそうな態度をとっているのを見て腹が立ってきたのだが、なんとなく樋都に似ていると思ったので止めた。つまり、悪のお姉さん化しているようにも見えたのだ。あの雷が、だ。信じがたいけど。

「山賊にお願いか。忍者の当主が、か?」
「そうです」
「話ぐらいは聞いてやろう」

 そういって、私と彼方に立つように促した。雷の顔がなんか怖い。怒っているのだろうか。
 九夜は気にせずに雷の方をずっと見ている。

「この地の近くに木之塚という里があることをご存知ですね? 僕たち忍者の里はそこと手を結んでいます」
「忍者の里長代理の願いというよりは木之塚の願いというところか」
「察しがいいですね。確かに木之塚の願いですが、兄上の願いでもあります」
「続けろ」

 九夜は頷いた。

「そこの木之塚はあなた方山賊の被害が一番大きいところです。できれば、あそこを襲うことを止めていただきたい。もちろんその願いを叶えなくてもいい。だが、私たちはそれ相応の取引をしようと、それだけを伝えにきました」

 不機嫌そうだった雷の顔が興味をもったように明るくなる。

「内容は?」
「忍術です」
「ほう」

 それまで私と同じように黙って聞いていた彼方が九夜に聞いた。

「それは山賊の者の誰かに忍術を教えるということですか?」
「そういうことになります」

――――に、忍術? でもそれって他の人に渡しちゃいけないんじゃなかったっけ。

「それは、忍術は、忍者の里だけに継がれるものではないの?」
「立会人は黙っていろ」
「……はい」

 彼方だって立会人のくせに、注意をしなかった。差別のようなものを感じて私は雷に腹を立てた。私には、樋都が雷のことを好きだといった理由がちっともわからない。

「条件がいいな、その話。考えてみよう」
「ありがとうございます」

 そして、九夜は深々と礼をしていったあと忍者の里へと去っていった。








「木之塚か。どうするかだな」
「確かにあそこばかり狙っていましたからね。そろそろ潮時なんじゃないでしょうか?」
「そうだな……」

 雷は頭を掻いた。本当に真剣に考えているのかわかりかねる。一方、彼方は何かを考えているみたいで、目が真剣だ。言うなら今だと私は思った。

「ねぇ、何で忍術とか大層なものを取引に使うの?」
「代償が大きいほど取引に応じやすいという考えだろう。それに向こうにしては忍術などたいしたものではない。ただ忍術を使えば有利になると知っているからこそ取引の対象にもなる。それだけだ」
「それで、お頭はこの話に乗るの?」

 ふっ、と雷は小さく笑った。その行為をどう取っていいのかわからない。

「さぁな。伸るか反るかは時を見て動くしかないだろう」








 九卿は先ほど来た道をたどっていた。昔から道を覚えるのが苦手だったのだが、今はそうでもなくなっている。
 途中で草をよける音が聞こえて、九卿は顔を上げた。

「紀伊か」
「取引、どうでしたか」
「まぁまぁだ。どちらにしても僕たちに戦火は及ばないだろう。時次第だな。それよりも先ほどはすごいものを見たぞ」

 子供みたいに顔を明るくさせた九卿に、紀伊は苦笑した。

「何を見ていらしたのでしょう」
「男装している少女がいた。もしくは、女装をしている少年か。同じ匂いがしたからすぐ分かったぞ」
「……どちらか、わからなかったのですか?」
「とにかく自分の性をごまかしているのは見て取れた。それにだな」

 紀伊は首をかしげた。九卿は、言おうとしていた言葉がなかなか口に出せなくて、仕方なく口を閉じることにした。まるで術にかかってしまったようだと思った。掛けられた記憶もないのに、今は掛けられた気持ちになる。いつかかってしまったのだろうか。

「なんでもない」

 九卿は言えなかったもどかしさを笑うことで紛らわすことにした。それにしても、どうして言えなかったのだろう。
 自分はただ、あの時素直に感じたことを言いたかっただけなのだ。


 あの天華という者が少女であったのならば、矢彦はきっとその少女に惹かれたのだと。

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