「ほう。彼方はその女が好みなのか」

 突然聞き覚えのある声がして、私は慌てた。雷だ。彼方は私の慌てぶりに、渋々といった感じで離してくれた。

――――あぁ、もう、心臓に悪い!

 ここに来てから人との密着が多くなってきている気がするのは気のせいだろうか。いや、気のせいじゃないだろう。私はここに来た原因だと思われる全神を恨んだ。もしくは迦楼羅。

「お頭、違うわ。これは理由があって!」

 私は慌てて否定をした。全神という存在のせいでこんな目にあったのだ。それを雷に説明しなければ。そう思ったのに、彼方は私の邪魔をしてくれた。

「お頭、うらやましいですか? でもいけませんね、覗き見は」

 おそらく雷は私たちの話を聞いていないから誤解をしたんだろう。覗き見だけでは勘違いするのもわかる。よし、雷に説明しよう。と思っていたとき。
 なんと、また彼方が抱きついてきた。

――――うぎゃあ!

「おいおい、離してやれよ。さっきも言いたかったんだが、入る隙がなくてな」
「ないようにしていますので」
「……そいつ、ゆでだこ状態だぞ。近寄ると、暑い。よく耐えられるな」
「だって天華だもん」
「爆発するぞ」

 な、なんて非道な人たち。モノ扱いされている私の心情はどこへ……。
 私は雷に手を伸ばした。避けられてしまうだろう、と思っていたのだけど、いとも簡単に雷の裾を掴めることができた。
 おかしい。山賊の長とあろうものが見習い当然の私に簡単につかまれるとは思えない。
 そう思って顔を上げると、彼方と雷は私ではなく、どこか違う方向へと向いていた。そしてその表情は険しい。もしかして、当主が来たのだろうか。二人は向いている方向に、私も向いた。
 そこにはなんとも可愛らしい男の子が立っていたのだ。

「お前は忍者の里長ではないな」

 険しい表情をしたまま、雷は言葉を発した。
 男の子はにっこりと笑って雷を見返した。勇気あるなぁ。

「初めまして。あなたたちと約束していたその忍者の里長の弟です。実は兄が怪我をしてしまいまして。それで僕が来ることになったのです」
「怪我、とは一昨日の戦か」
「よくご存知ですね」
「大きかったからな。それに仲間が一部始終ずっと見ていた。怪我は?」
「兄は大怪我を負ってしまいましたが、すぐ治ることでしょう。あなたたちが心配することはありません」
「なに、忍者に心配はせぬよ。そなたの言うとおり、すぐ治ることだろう」
「喜ばしい予言、ありがたいですね」

 二人の引けを取らない言い方に私はおびえてしまった。だって怖いのだ。二人とも何気に笑いながら低い声で言い争っているのだから。
 雷は苛々したのか、話を切り上げた。

「……そなた、名を伺おうか」
「九夜(くや)、と申します。あなたの名前を聞いても?」
「雷だ」

 そっけない雷の態度に九夜は気にも留めずに人のよい笑みを見せていた。慣れているのだろうか。それにしても、笑い方が彼方のように感じるので気味が悪い。

「それでそちらの方々は」
「立会人だ。今はこの山賊の仲間だが、二人ともこの地に依存することがないのでね。だから安心しろ」
「そうでしたか」

 九夜は納得したように私たちを見た。私は来たばかりで何も知らないけど、彼方もここに来てからそう多くの日は経っていないようだ。それよりも、よそ者だったと言う方が信じがたかった。いったいどこから来たのだろう。

「それで名前は?」
「彼方と申します」

 彼方は笑顔で、女性らしい振る舞いをした。私もそれに倣って、いたって普通に礼をした。

「天華です」
「天華……?」

 怪しげな顔をして少年は私を見る。まさか、ばれてしまったというのだろうか。
 お叱りを受けたばかりだというのにまた早くもピンチ状態になる。勘弁してくれ。彼方の説教はもうこりごりなのだ。今にも、彼方の呆れの表情は逃れない。
 何とか紛らわそうとして九夜に話しかけた。

「どうかした?」
「いえ……あの、失礼ですが、女の方ですか?」

 女の出で立ちをしているのに少年の格好をしているのが怪しく思ったのだろう。やはり、疑われていたのだ。さて、ここからどう抜け出せばよいのか。さっきからずっと彼方がにこにこと私のほうに向いている。あまりにも恐ろしくて彼方から目をそらし、一生懸命に出口を探していた。
 そのとき、助け舟を出してくれたのは意外にも雷だった。

「気にするな。こいつは正真正銘の男。実はこの子の親が生粋の女好きでね。この子の名前を女子の名にしたり、十二の歳まで女として育てあげたりしていたらしい。まぁ、興奮すると女言葉に戻るのだが」
「とりあえず、女々しいのですね?」

――――よくそんな白々と……。

 私は呆れてものが言えなかったけど、九夜は急に申し訳なさそうな顔をして私を見上げた。

「すみません、女だと思ったことをお許しください」

 悪びれもせずそういった九夜は、少年そのものだった。……かわいい。

――――それに比べたらこの大人たちは……。

 「もし女だとしてもこいつは胸のない女だぞ」とか、「私も女だと思って思わず抱きしめたのですが、暴力を振るわれましたのよ」とか、あったこともないことをべらべらと少年に口上している。

 くそぅ、胸がなくて悪かったな!

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