――――誰か止めてっ……!

――――死んじゃう……!

 何度止めようとしても私の足が止まることはなく、勝手に歩んで行く。両手は何とか動かせるのだが、足を止めようと膝を叩くと力がなくなり、腕が頼りなさ気にだらんとぶら下がってしまう。自分ではどうすることも出来ず、ただ見守ることしか出来ない。
 だけど、そのまま私の足は軽やかに、それでいて何かに急かされているように速やかに屋上へと向かう。 どうして屋上に向かうのか分からない。おそらく、私はこれから屋上から飛び降りて死ぬのだ。 何故ならさっきまで飲み会で酔いつぶれた私は飛び降り自殺をする夢を見てしまったのだから、嫌でも飛び降りてしまうんじゃないのかと思ってしまう。

――――って、七海はどうして来ないのよ! 私がフラフラしているのを不思議がっていたのに!

 ふっ、と一度抜かれた力が腕に戻ってきたのを感じた。自問自答していた私は慌てて足を再び叩いて止めようとする。もう何度目の挑戦になるのかわからない。いっそ骨折させるぐらいの力で叩こうかとも思った。
 だけどそれをいち早く察知したのか、腕はまた感触がなくなってしまった。先ほどからずっとこの繰り返しだ。だけど、この行為が延々と続くはずがない。

 そう、屋上が近づいているのだ。

 一歩一歩、屋上へと向かう階段を登る自分の脚が怖くなり、不意に体が震えだした。足も震えて動けなくなればいいのに、生憎と元気に登り続ける。

――――やだっ……! やめて!!

 階段を登り終え、屋上への扉の前へ立った。私は閉じられた扉を前に安堵した。 たとえ足が勝手に動こうが、腕までは及んでいない。 つまり、力が抜けることがあっても腕はまだ自分の指令下にいる。

 否、まだ、なんだ。いつかは腕までもが私を裏切るかもしれない。 それを恐れて、私は必死に願った。

――――お願い、開けないで!

 だけどそれを待っていましたといわんばかりに腕はその忠告を無視し、ドアノブに手をかけた。

 私は愕然とした。
 今まで生きていた中でこんなに惨めになった気持ちはない。
 こんなに自分の体を呪いたいと思ったことはない。

 自分の意思を反して腕はドアノブを回してドアを開いていく。目の前がきれいな青に染まったとき、私の震えは最高潮に達した。

――――やだ……死にたくない、こんな死に方は嫌っ……!

 まだしたいことがあったのに。
 大学受験のために忙しかった今までとはおさらばして、これから楽しもうと思ったのに。
 友人に太ってきたねとからかわれたからダイエットして見返そうと思ったのに。
 家ではペットのジンとまだ完成していないシグソーパズルが待っているのに。
 まだ、一度も恋をしたことがないのに。


 全てが無くなってしまう。



 嫌だと何度も言っているのに私の足は歩みを止めない。 寧ろ、屋上に出てから速くなった気がする 。ゆっくり歩む歩調に合わせて目の前の青の割合がだんだん大きくなって、その度に私の瞬きの回数が減っていく。
 青をこんなに怖いものだと思ったことはなかった。青はいつでも私の心を落ち着かせて、私の一番好きな色だった。 その青に否定されているようで、目をつぶればそんな気持ちから遮断できるのに私はしなかった。出来なかった。
 私の頭の中でどこかわかっているのかもしれない。
 あぁ、これから死ぬのだと。だから自分の死を見届けよ、と。
 自分の死を見届けようなんて出来ないはずだけど、 もし出来るのならばこれはいい機会ではないか、と頭のどこかで思ってしまう。

 そして催眠でもかかったように私の体の一部、足がフェンスの間に足をかけ、 手は勢いよくふちをつかんだ。

――――もうどうにでもなっちゃえば。

 私の体は着々と死に向かう段階に入っている。 やがて、私の体はフェンスの外側へと移された。
 そして、気が付いたときには目の前は誰もいない校庭へと飛ばされていた。





「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
 誰かが叫んだ声は、もしかしたら自分の声だったかもしれない。


 とにかく、私は満足に自分の死を見届けられなかったのは確かだった。

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