私たちは村から少し離れた大きな屋敷についた。私が最初につれてこられた場所だ。なにやら山賊たちはここを本拠点にしているらしいが、中はどうなっているのだろうかと興味がわく。私と前に話したのはこの屋敷の前で、ということなのであって、中に入った事はない。彼方や樋都にいろいろ聞いてみたが、あまりいいものはないらしい。盗んできた戦利品があるのかと思いきや、そうでないと言う。もしかして、海道が盗んできた女たちがいるのだろうか、とも思ったが、ここでは女も戦利品に入るのだ。何せ戦国時代。女は駆け引きの対象にしかならないということだ。
 無性に腹が立ってきた私をよそに、彼方は立ち止まって周りをきょろきょろと見回した。人がいないか確認しているようだった。

「よし」

 そういって屋敷の裏へ回って座り込んだ。中に入るものだと思っていた私は拍子をとられ、呆然とした。彼方は私を見て、その理由も悟ったようだ。そして親切にも私にとても判りやすく説明してくれた。憎たらしいわぁ。
 彼方の言うことによると、招かざる客は屋敷の裏におびき寄せて話し合うのだそうだ。おびき寄せるとは少し言い方が違うかもしれないけど、とりあえず「忍者の当主はどう考えても招かざる客じゃないじゃん」と笑っていったら、彼方は眉をひそめてこう言った。

「忍者は術を使うのだよ。走れば一晩に山を二つ越え、その速さは風の如し。中を舞って海を歩いた。まぁ、そんな例えだけど、影の存在なのさ。味方にいれば力強いが、できれば敵に回したくない相手だね。そんなやつら、しかもその当主がここに来るというんだ。下手したら君は首を取られて帰らぬ人になるのかもね。あぁ、一度死んだのだっけ? でももう二度とあんな思いをするのはいやだろう?」
「嫌」
「だから招かざる客」

 彼方は長い説明の後、やれやれといった表情で周りを見渡す。私もつられてあたりを見た。人っ子一人もおらず、木があちこちと並んでたっているだけだ。私を呼び出した雷と原因である忍者の当主の姿がない。

――――人を呼び出して何を偉そうに……!

 だけど、偉いからこそ山賊の長なのだろう。そして忍者の当主という人も同じ。私も彼方に見習って座ることにした。当分二人は来ないだろう。

――――あ、そういえば。

「彼方、さっきの女の人は誰なわけ?」

 男言葉とは思えないけれど、これじゃないと気が狂う。せめて優男という印象を与えようと思う。先ほどの彼方のスパルタ指導で鍛えた結果がこれなんだから仕方ない。
 声はアルトだけど、声変わりをする前の少年と考えれば普通だろう。私は思春期を過ぎた女だけど。
 彼方はそれに気にせず、目を細めて笑った。

「あぁ、あれは千鳥といって、雷の妻なんだ。昔はどこか身分の高いところの娘でね、海道がつれ攫ってここに来たということさ。あれよこれよという間に千鳥は雷の妻になってしまってね、それまで必死に雷に恋をしていた樋都はそれが原因で女たちに話そうとしなくなったんだよ。すなわち女嫌い。そして千鳥は雷よりも樋都のほうが大事らしくて、樋都と何とか話そうとしているんだよ。そういう仕様もない話。天華は気にしなくてもいい」

 三角関係みたい。
 それも恋が絡まっているのだから、無性にわくわくしてしまう。女の生まれ持つ性分が出てしまうことは、もうどうしようもないこと。そしてはっと気付いた。

「女嫌いって、私も女だけど……?」
「天華は特別さ。全神だからね。皆に好かれる存在、と昨日説明しただろう? 樋都は天華を独り占めにしたがっているんだ」

 呆れたように笑った彼方は屋敷の壁にもたれかかった。その仕草が、妙に不自然で、私は疑問に思った。

「ねぇ」

 話しかけると、彼方は何? とこちらに笑顔をふりかけた。いつもならそれをどうにかごまかして避けているのに、今はそんな気にもなれない。というより、真正面からそれを見ていて、とても避けようなど思わなかった。
 お互いの目が離れないのだ。
 そして口が開く。

「彼方も私を独り占めにしたいと思っている?」
「へ?」

 彼方は目を丸くした。見つめあうようにしてみていた私にもそれはよくわかるほど弛緩した動作で、そして自分のしてしまったことを自覚した。

――――あ、う、私なんてこと言ってしまったの?!

 女装しているとはいえ相手は男なのだ。女顔で声はソプラノに近いアルトで、私よりも美人に見える彼方だが、女ではなく、男。異性なのだ。
 恋人に語っているような言い草に言いだしっぺのくせに私は狼狽した。自分で言っておいて何をそんなにあわてているんだよ、と心の声が聞こえるが、慌てない方がおかしい状況だ。

――――これは、口が滑ったんだ! そう、つるっと、バナナのように!

 自分で誰に言うわけでもなく言い訳していて惨めになる。
 そんな馬鹿な私を惚けてみていた彼方は普通の態度に戻った。

「天華、今日は空が綺麗だね」
「あからさまに話をそらさないで頂戴」

 自分の努力を否定されたくなかった。何もなかったことにされるのが、とても辛い。それがどんな意味を持っているのかわからなくても。
 彼方は困ったように笑っていた。そうさせたのは私。申し訳ないと思いながらも赤い顔で彼方の顔を見る。

「そうだね。僕も天華を独り占めにしたいよ。したくてたまらない」

 その言葉でさらに赤くなった。

「最初、目にしたときからこの手に留めておきたいと思っていたんだ。恋とは違うとわかっていてもただひたすらそう思うよ。でも襲わない。だから安心して」

 そういったのに、彼方は逃げ腰である私の肩を掴んで抱きしめた。私はびっくり仰天。

「彼方……! 言っていることと違う」
「でもね、常時気をつけたほうがいいよ。皆、君に惹かれるのだからね。そして僕もその気持ちでいるということ、決して忘れぬようにね」

 にやっと笑う気配がして、私は放心した。そのまま抱きしめられたままで、動けなかった。彼方の言動のせいか、それともこの行動のせいか。

――――違う、彼方が男だったんだと再び認めさせられたからだわ。



 でなければ、こんなにも自分の頬が熱くなるわけないじゃない。

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