眩しい朝の日差しで私は目を覚ました。隣は樋都が寝ていた跡がある。樋都がいないことに焦った私は慌てて戸を開けた。周りには誰もいない。それもそうだろう、日が高く上っているのだから。つまり、今は昼。

――――樋都がいなくて当たり前、よね……。

 きっと今は山賊の仕事をしているのだろう。人のものを盗むことを仕事とはあまり言いたくないのだけど。
 ため息をついて戸を閉めようと思ったとき、突然視界が真っ赤になり、息苦しさと体に迫る圧迫感がやってきた。

「ぐぇっ」

――――く、くるしい!

 私に抱きついてきた赤い何かをのけようと試みたが、それはちっとも動かず、むしろ力を込められてますます動けなくなってしまった。手をばたばた振ってみるが、相手にそれは気付いてはくれなかった。
 昨日に引きつぎ、だんだん呼吸が難しくなって視界がぼんやりとしたものになると、目の前に黒い糸らしきものが見えた。

――――か、髪? 人間?

 人間ならば言葉の疎通ができる。そうなれば言葉で話し合おうと思ったとき、ふと気付く。

――――私に抱きつく人っていったら今までに樋都しか知らないんだけど。

「ひ、樋都?」

 ぐっと肩をつかまれ、やっと体を離してくれた。いや、肩をつかむのは余計だと思うんだけど。顔をあげると、目の前にいたのは樋都ではなかった。真っ赤な上品な着物を着た、活気のある娘だった。髪はさらさらとしていて、頭の上の方でひと括りされている。見たことのない女性だ。
 その女性は目を輝かせて私の顔を覗きこんでいる。

「あなた、やっぱり昨日海道殿にここへ連れてこられた子でしょ。樋都のお気に入りになったって、今すごい噂になっていたのよ」
「すごい……って昨日の今日ですけど」
「女の耳を馬鹿にしないでよ。たとえ事が昨日の夜だったとしても半日過ぎればその知らせは女たちのもとにやってくるの。情報はすべて女のもの。ただそれが面白いか、そうでないかで話すかどうするのか決めるのよ。雷や樋都絡みの噂はすぐに広まるわ。だからあなたももうここで有名になったも同然よ」

――――いや、有名になっても、ねぇ……?

 少し興奮気味の女性は私がひいているにもかかわらず、私の肩をガクガクと揺らしている。元気なのはいいけどお嬢さん、私の気持ちも考えてくださいよ、と心の中はそんなことでいっぱいだった。やがてそれが不自然に止まり、女性は首をかしげた。私はどうしたのだろうと思って女性の顔を覗きこんだ。

「あなた、男? でも噂じゃ女だったわよ。下着姿で、なんでも高級そうな女だと聞いたんだけど。それで雷と取引に応じたって。だから姦淫を逃れたって。でもその女はとても美人で、雷は悔しがっていたと聞いたのだけど……どれが本当なの?」

――――何その噂。……私って以外と美人なわけ?

 噂は侮れない。ほとんどが冗談だと思ってもあたるときもある。でも結局は噂なのだからどうしても噂の人物は美化されてしまう。今の私の美人と言う情報も、悔しいが美化されてしまった人物像にしか過ぎない。
 果たしてどれを是と答えるべきか。今、私は少年の格好をしているけど本当の姿は女なのだし、絹を着ていたのも事実。というより、この女性が言っていたほとんどは真実なのだ。否定の仕様がない。どうやってこの話を切り出そう。

――――こうなったら、この人には悪いけどその噂はなかったことにしてもらうわ!

「所詮は噂ってことでしょ?」

 女性は疑わしく私の顔を見て、体を見た。しまった、寝るとき布で胸に巻かず寝たのだ。あれほど樋都に注意されたのに、そのまま起きてしまったのだからばれてしまう。そう思って胸を隠そうとするが、すでに遅く、胸を掴まれたあとだった。

「噂も時には事実、ってこと。あなた噂の女で間違いないわね?」

 笑顔とは裏腹に、掴まれている胸の痛みがひどかった。

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