小さな村の中、私はぶらぶらと散歩をしていた。小屋の中であれこれと樋都に着物を着せられていると、いつの間にか日が暮れていた。
 今日も昨日と同じ満月のような明るさで、あまり暗いとは思えない。昼のように日差しが強いわけでもなく、ほんのり明るいと言った感じで目に優しい明るさだった。一言で言えば薄暗いのだが、一言で終わらせるのはもったいないと思った。
 ふと、昨日の少年を思い出した。

――――悪いことしたかな。

 思えば少年を抱えたり勝手に服破ったり裸にしたり世話を見たのに最後まで看病しなかったり、私にとっても、少年にとっても恥ずかしいことをしてしまった。少年が暴れるのは仕方のないことだと思う。少年のためとはいっても少年には酷だったかもしれない。だから、ごめんなさいと、誰もいない空間に呟いた。
 謝ったのは恥ずかしいことをしたことだけではなく、自分が醜いと思ったから。自分の都合だけで少年を巻き込むようなことをしたから。あの時、少年から離れて青年に見つけてもらおうと思ったのは、少年のためだけではないと、山賊の地であるここにきてから自覚してしまった。

――――私はあの子から離れなくちゃいけない、と思ったんだ。どうしてなのか解らないけど。

 離れないと、もう二度と離れなくなるような気がした。恋とか愛とかそういう意味ではなくて、それよりももっと深い絆で結ばれているような、そんな感じがした。
 だから、離れないといけなかったと、私は気付いてしまったんだ。それが幸せになるのか、不幸になるのかはだれにもわからないけど。

「でも、会いたいと思うのは馬鹿げているよね。……彼方の言うとおりだわ。私は愚かで馬鹿げている。でも、気は強くなんかない」

 少年に会いたくて、たまらない。それは愛のせいなのか、恋のせいなのか、それともその深い絆のせいなのか。
 わからない。
 焦燥感に襲われて肩を抱いた。わけもわからず涙がこぼれる。少年のことを考えると胸がとてつもなく痛くなるのだ。現在の世界でこんな気持ちになったことはなかった。こんなわけのわからない感情になったことなんかなかった。悲しいのか寂しいのか、それとも苦しいのか。離れてそう思うのなら離れなきゃよかった。
 そこまで意味もなく頭をめぐらせて、ハッとした。

――――ううん、離れなきゃいけなかったの。もうあの子に会わないために、ここにきたんだから……。


――――もうあの子のことを考えないようにしよう。


 立って、道のそばにある大きな石があるところまで何も考えず、歩く。少年のことを、ひと時でもいいから忘れるために。
 石のそばまで寄ると、石に何か彫っているのが見えた。石を覗き込むと、ミミズのような漢字と人が描かれてある。漢字はなんと書いてあるのかわかるはずもなく絵をじっくりと見た。まるで仏様のような顔だった。もしや、これが迦楼羅なのではないか。
 その絵を見ていると、彼方の声が頭に響いた。

『君が完全な全神であればよかったのに』

 あの小さな声でそう囁いた。その表情は悲しそうで、でも笑っていた。嬉しかったのかもしれない。よくわからない顔だったけど、そう囁いたのは確かだ。
 彼方は何かを知っている。私がこの時代にとんだことも知っているかもしれない。ここで私が何かをしなければいけないことも知っている。でも教えてくれない。まだ時期が早いからと言って、話をそらすのだ。それなら迦楼羅の話をしなければいいのに、私に希望を持たせるように話の端っこだけを暴くのだ。そうやって最後は真実を教えてくれるのだろうけど、惨い。そうするよりも一気に教えて欲しい。焦らされているようで、私は彼方のことがあまり好きではないかな、と思う。
 彼方のことを考えることを止めて、全神のことを考えた。
 時代や地域が違うからなのだろうけど、迦楼羅も全神も聞いたことはなかった。もしかしたらこの時代にはあっても、もう現在ではその言い伝えが途絶えてしまっているのかもしれない。とりあえず、あのあと樋都から詳しく教えてもらったのだけど、つまりこういうことだった。
 
 全神は仏神、迦楼羅の願いを叶え、迦楼羅以外のものに好かれる。しかし、全神は誰も愛さず迦楼羅一筋なのだそうだ。
 ここの言い伝えだと聞いたので、どうして恋愛じみているのかは目を瞑ることにした。
 彼方が私に言ったことはよくわからなかったけど、私は迦楼羅でも全神でもない普通の人物だと言うことだろうか。でもそうなると、私が迦楼羅とたとえられた理由がわからない。虚空の人物にたとえられても私は全然うれしくなんかないし、話に矛盾が出てくる。
 もうちょっとわかりやすく説明してもいいじゃない。私は憤慨してそこら辺にある石を蹴った。




『そしていつの日か、君が迦楼羅になる日を迦楼羅は望むのだよ』

『君が完全な全神であればよかったのに』




――――……もしかして、私は全神でも迦楼羅でもないというわけでもなくて、


――――両方の存在ということ?

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