山の奥には大きな屋敷があって、先ほど雷らと話したのはそこだ。
 山賊になるには条件が二つ。雷のことを必ずお頭と呼ぶこと。雷、樋都、彼方(かなた)の言うことをよく聞くように、だった。「彼方って誰なの」と言ったら「あとで紹介する」と言い返されてしまった。とりあえず、今は雷の言うことを聞くしかないだろう。皆がいるところまで樋都が連れて行ってくれるというので樋都のあとをついていった。
 「皆」というのは山賊のことではないと気付いたのはその大きな屋敷から離れたあとだった。てっきりうえの階にいるものだと思い込んでいた私は愕然としたのだ。そのままついていくと、小屋がたくさん集まった村らしきところに着いた。多分、民家なのだろうけど。村というよりは集落という感じだ。唖然として海道に聞くと、

「山賊というよりは山の民と思った方がよい。この集落は皆仲間だ」

 と自慢げに言った。樋都は呆れたように私の腕を引っ張って小屋のひとつに入っていった。びっくりして海道を見ると、手を振ってどこかへ消えてしまった。薄情者! と思うのは仕方がないだろう。

――――ひ、樋都さんと二人っきりですか!

 私は悪のお姉さんに恐れて身を縮こませた。しかし、予想していたことと反対に、樋都はなんと私に抱きついてきたのだ。

「よかったわ、無事で。私、あなたが食われると思ったら耐えられなくて」
「へ? く、食われる?」
「だってあなた海道に連行されたんでしょう? 雷に食われる第一歩なのよ、それ。雷はだれでも抱くわけじゃないけど、妙に海道にだけは信頼しているのよ。だから海道が連れてきた女は皆雷のお手つきよ。でも海道はあまり女を連れ込まないからね」

 樋都の言葉にだんだん目を丸くしていた。多分、青白い顔になっていると思う。それを見ても樋都は呆れた顔をやめない。話し続ける気だ。

「この村は女が少ないの。ここの女はみーんな海道が連れてきた、雷の女。あ、私は違うわよ。あいつの女になってたまるもんですか」

 私はつい樋都の顔をまじまじと見た。

――――この人は今なんと言った?

 確か、あいつの女になりたくないといっていた。

「嘘ぉ」
「う、嘘じゃないわ」
「嘘よ」
「嘘って、…………根拠はあるの?」

 私は小さく笑った。

「樋都さん、お頭のこと好きでしょー?」

 直球だけど、これが一番効果があると思ってのことだ。案の定、樋都は真っ赤になった。私は、私よりも年上である樋都がかわいらしく見えた。
 樋都は俯き加減で頷いた。

「何でわかったの」
「わかるよ。あんな素直に真っ赤になるなんてそうとしか考えられないじゃない」
「それでもわからない人にはわからないものなのよ。実際、あいつが抱いた女たちはわかっていない」

 樋都は悲しげにため息をついた。

「私は別に抱いて欲しいんじゃないの。ただそばにいたいだけ。……それに、私は素直じゃないから」
「素直だったよ? 顔真っ赤にさせて」
「言葉は? 雷にひどいこといってばっかりなのよ、普段はね」

 そういって自分の体を抱いて、腕がかすかに震えているのを止めようとしていた。

「わかった。樋都さんは、本当は素直な性格なんでしょ。でもそれがどうしてかお頭の前では威張っちゃって素直になれないってやつ? 好きな人にはそういう態度をとってしまうという人、たくさんいるんだよね。気にしなくてもいいよ」

 樋都はいったん目を丸くして、微笑んだ。

「天華、あなた迦楼羅(かるら)みたい」
「誰ですと?」
「迦楼羅。あら、知らないの? 仏様で、一種の神様のようなものよ。迦楼羅は特別な力を持っていて、その力を有益に使って人に崇められた神。地域によって違うみたいだけど、ここは願いを叶えてくださる神様なのよ。……聞いたことない?」
「生憎、私の国では」
「あら、天華はどこから来たの? 西から?」
「……ここ、どこ?」

 樋都は思い出したように手を合わせた。

「あぁ、天華は一度死んだのですってね。ここは都といわれた大和や山城のはるか北東にある、陸奥。時代は天正3年よ。だいたいわかったかしら?」
「て、天正?!」

 私は思わず叫んだ。驚いた樋都は首をかしげていた。

――――天正。あぁ、だからなのか。

 天正は確か室町とか安土・桃山時代あたりの年号だ。そう考えれば絡まっているはずの糸が元は一本であるかのように真実が浮かび上がってくる。
 戦のような後があったのはここが戦国時代だから。跡地にも旗や弓、馬の死体もあった。そして最初に見た少年の黒い服は多分、忍者の装束だろう。海道の侍のような言葉も納得がいく。ここが侍の時代なのだから海道のような人がいて当たり前なのだ。

――――でも、わからない。

 『導』と『呪』の玉の意味。私の体が勝手に動いて死んだこと。ここに来たとき、どうして死んだときの服ではなくて、あの上等な服だったのか。そして私がここへ来たことの意味。


 私は胸騒ぎがして心配でならなかった。



――――私はどうしてここに来てしまったのだろう。

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