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「待てって言ってるでしょ! いい度胸ね、あんた。そういう人、大っっ嫌いよ!」
男はびっくりしたようで、振り向いた。でももう手遅れよ、私はそう簡単にブレーキを踏まないから。
――――あぁあ! 腹立つ腹立つ!
「何よ、死んでも現実を受け入れて泣かないようにしていたのに無視されるってどういうこと?! 言っておくけれど、あんたのその行為、私の心を簡単に踏みにじってそのうえ謝りもせずそこら辺に捨てて放っておくことと一緒よ! 私はゴミかっ! 死に掛けた人とか助けてあげたのに、見返りも期待せずに助けたのに、あんたにそういうことされると辛いじゃない! 見放したりしないでよ!」
自分で言っておいて何を言っているのかわからなくなってきた。そのくらいパニックになっていて、青年の方もわたわたしている。
まだ怒りは収まらないけれど息が続かなくて一旦怒鳴ることをやめた。はーはー、と私の呼吸音だけが耳に響く。青年は安心したのか、笑顔で近づいてきた。近づかないで、といいたかったのだけれど、あまりの変貌ぶりに呆けてしまう。そして青年が目の前で立ち止まったかと思うと、なんと私を荷物のように担いだのだ。
「な、な?!」
「見放さなければよいのだろう? 安心するがよい。面白いところに連れて行ってやろう」
「お、面白いところ?」
焦っている私を見て、青年の笑みは深まった。
「鬼でも人を喜ばせることはできるのだろう?」
「だ……!ど……!なっ…!」
「だどな?なんだ、『だどな』とは」
「誰なのよ! どこなのよここは! なんなのよ面白いことって! ……ってところじゃないの? そんな目をしているしねぇ」
「ここはいつの間に面白い所になったんだ? おい、海道(かいどう)」
「どうでもいいでしょう、お頭」
さて。私はどこにいるのかというと、なんと目的だった向かいの山の中です。さらに言えば近くには民家が存在します。青年が私を担いで一晩かけて連れてきてくれました。
――――うん、私にしちゃ大した進歩だわ。でも目の前にいる人たちが問題なのよ。
実は目の前にいる偉そうなお頭と呼ばれた男と、いかにも悪そうなお姉さんと、私をここに連れてきた海道という青年は山賊だったのだ。
私はびくびくしていつ殺されるかわからない状況にいる。そして海道という青年に怒鳴ったことをすごく反省しているところ。いくら反省しても後の祭りだけど。
お頭さんは私のその雰囲気に疑問を持ったのか、気軽に話しかけてきた。
「何か勘違いしているんじゃないか? 別に俺たちはお前を殺そうとはしないぞ?」
「山賊は悪なんでしょ? 今の不良ガキみたいにバイク走らせてブォーンブォーンと迷惑な騒音野郎」
言ってからしまった、と思った。そそのかしてどうする。というか大半が文句だ。
「フリョウ? ……言っておくが、山賊は悪だが人を殺める行為をするほど落ちぶれちゃいないぞ。そうだな、都へ行く途中のものをちょちょいとかっぱらうだけだ」
「やっぱり悪なんじゃない!」
「だから悪だと最初から言っているでしょう? あなた、威勢のいい娘ね」
お姉さんは鼻で笑う仕草をした。せっかくの美人なんだからそんなことをしないで欲しいと思う。そんなに威張っては悪のお姉さんしか見えない。いや、悪のお姉さんだけれど。
隣のお頭さんは大笑いして私を驚かせた。
「面白い。おい、樋都(ひづ)。こいつが気に入ったのか?」
樋都と呼ばれた悪のお姉さんは顔をしかめた。
「お馬鹿さんなお頭ね。どうしたらそんな風に捉えることができるんでしょう。だいたいお頭に私の何がわかると言うの?」
「わかるさ、お前の考えている大抵のことはな」
お姉さんはとたんに顔を赤くした。おや、もしかして。私は納得して、お姉さんを観察した。海道はお姉さんとお頭さんを鎮め、そして聞いた。
「それで、お頭。この少女はどうしましょうか」
「せっかくの女だから犯そうとしたのだが、樋都のお気に入りだからな」
「おっ……お、おおおお、犯す?!」
「安心しな。今はそんな気分じゃない」
「気分次第で私の運命が変わるってこと?!」
偉そうなお頭ははぁ、とため息をついた。海道もつられてため息をついている。
「面白いことができると思っていたのですが」
海道は再び私を担いで引き戻ろうとした。どこかに連れて行かれると悟ると、何故かここにいたいと思う自分がいた。悲しげに見るお姉さんの視線が痛い。なんとかしてここに残る方法はないものかと頭を捻る。
「あ、まってまって! 待って欲しいんだけど!」
「待ってとしかいえぬのか、お主は」
「違うわよ。ね、お頭さん。私と取引をしない?」
「取引?」
「そう。取引」
お頭はにやっと笑う。私もそれにつられて、ごく自然に笑ってやった。
「あなたたち、もしかしてこの絹の下着が欲しいんでしょ? さっきから犯すだの面白いことだの……そんなことばっかりだけど、本当はこれが目的なんでしょ?」
「はぁ? そんなはした物なんかいらん」
「いいから、欲しいってことでここはひとつ!」
「……」
「これ、あげるわ。でも、かわりに私をこの山賊の仲間に入れてほしいの。私はこの下着よりも住むところと食べるものが欲しいから」
「鬼は何を食べるのか? もしや、人を……?」
海道はびくびくして私を見た。呆れた。まだ鬼だということを信じていたのか。否定しなかった私も悪いのだけど、侍らしくない。臆病者に見える。
「失敬な。訂正するわよ、私は鬼でも幽霊でもない、ただの人間よ。だから人は食べないわ」
お頭は大笑いをして周りの3人を驚かせた。とくにお姉さんが飛び上がりそうなほどびっくりしていた。お頭は私の顔をまじまじと見る。正気か?
「俺は雷(いかづち)。人を脅かすという意だ。……お前は?」
私はこの言葉を理解するのにかなり時間がかかった。そして仲間入りにさせてくれるのだと気付いて、満面の笑顔で答えた。
「天華。天上の華という意味よ」
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