閑は屋敷を離れ、里を歩いていた。忍者の里とは言うものの、普通の里と何ら変わりはない。ただ人目に付きにくい閉鎖的な山の中にあるだけだ。開けた道から外れ、家の裏の道を歩くと、誰の所有地でもない林に出る。閑は竹で編んだ籠を取り出し、薬草を摘み始めた。
 雪が積もる屋敷とは違い、やや南に位置するこの林は、人の騒ぎの熱に当たるためか、雪が積もることはあまりない。積もったとしても日当たりが良いのですぐ溶けてしまう。
 閑は知り合いの薬師の娘に命じられていた薬草を探し出すと、その傍に怪しげな行動をとる少女に気がついた。しゃがんだり、突然立ち上がって手を振ったりしている。

「誰だ」

 閑の声に、少女は振り返る。里では見慣れない少女だった。
 閑は腰に下げていた刀に手をかけたが、その少女に見覚えがあるため、手を元に戻した。

「何をしている、そんなところで」
「物騒っすよ、閑。私じゃなかったら殺そうとしていたでしょ?」
「高そうな着物を着て蹲っていたら、その理由はほとんど厄介ものだろう」
「だって外に出ると言ったら、これを着せられたんだもん。動きにくいったらありゃしない」

 少女は見知った者だ。名を志穂と言い、属する国は異なるが彼女は巫の者であるため、閑は深く言及しなかった。というのも、志穂はただの少女でしかなかったからだ。
 そして志穂が不可思議な行動をとるというのは、今に分かったことではない。

「今度は何をしに来たんだ。前は凍った川の中で魚を取りに来たと言っていたが」

 前回は無謀だな、と一言で帰らせた。

「式で必要な枝を取りに来たっす」
「ここにあるのか」
「いやあ……もっと南じゃないとないのかなあ」
「待て」

 林を出ようとする志穂の腕を掴んだ。

「お前馬鹿だろう」
「へ?」
「前も馬鹿だとは思っていたが、どこまで馬鹿なんだお前は」

 閑は頭を抱えた。

「ここにないとすれば落葉樹の類だろう。冬には葉が落ちている。諦めろ」
「ええー? せっかくここまでに来たのにっすかあ?」
「そもそも何故探す必要がある。冬では一般に代用品で行うだろう」

 志穂は頬を膨らませ、不機嫌になった。閑からしてみれば怒っている風には見えるが、それよりも子供じみていると思った。実際子供なのだが。

「そんなこと、神さまが怒るじゃないっすか」
「背に腹はかえられないだろう」
「そうっすけど……」

 いつまでも不機嫌そうに口をすぼめていた志穂だったが、急におでこに指を突かれ、驚いた。

「な、何っすか」
「ついてこい。お前のわがままを叶えてやろう」








「ほら、これじゃないのか」

 とある一室に志穂を通し、少女が探し求めていたという枝を差し出した。
 少女は予想に違わず、目を瞠って驚いている。

「ほ、本物? どうしてこれが」

 まさかあると思わなかったのだろう。だがそこまで思っておいて、どうして探しに出たのか、閑は疑問に思った。

「忍術を使えば容易い。だがあまり長くは持たないだろう。自然の摂理に反するからな」
「ありがとう……」

 志穂は感心して枝についた青々しい葉を見ていた。
 葉の表にそっと触れてみると、つるつるしていた。葉を千切ってみれば、きっと緑の液体が出るに違いない。まさに、本物の葉だった。

「忍術って凄い。神さまが生き返らせたかのよう」
「微々たるものだ。枝から離れてしまった葉はくっ付けることはできない。それにこれは忍術とは言わぬかもな。この力は、知る限り俺しか使わないんだ」
「でも……似た力を、私は知っている」

 志穂はそう呟いた。
 閑は志穂の言わんとしていることに眉をひそめた。

「あの人の力は凄かった。そして私も予知の力を持っている。それは私が巫女だからというわけではなくて、神さまが私に力をくださったから。本当にささやかな力だけれど」
「……」
「閑も神さまから力を貰ったのではないの?」
「生憎、俺は神に会ったことはないよ。だが、縁をたどると、力を授かったことにはなるのだろうか」

 閑は、神に近い人を知っている。

「志穂は全神の物語を聞いたことはあるか? ……俺は全神と、迦楼羅の子供だ」

2009.03.14

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