青年が少年を見つけたあと、私はこの場から離れた。見つかりたくないと思っていたし、何よりもここから動かないと何も始まらないと思ったからだ。


 満月に近い月が空を上っている。相変わらず明るくて、夜は視界が悪いはずなのにそんなことはちっとも感じなかった。むしろ明るすぎて興奮してしまう。近くにある藪が風でよくがさがさと鳴る。山の中なのだから動物がいるのかと思ったのだけど、秋ぐらいの今は冬眠の準備に入っているはず。これなら襲われる心配もないだろう。
 山を登っているのか下っているのかよくわからずに歩いていると、再び戦地にたどり着いた。ここは、最初この地に来たときと違って死体はひとつもない。だけど何かを焼いた臭いがぷんぷんと漂っている。焦げ臭いというよりは、血の臭いに近い。死体はないけど、血の臭いがところどころからしてくる。鼻がもげそう、と思った。

「向こうの山の方がたくさん実がある?」

 戦地の向こうには、といっても歩けば2、3時間で着きそうな距離にまさに秋という雰囲気の漂った山があった。こちらの山よりも果物がたくさんある。ということで私は向こうの山へ移動することにした。








 一時間がたっただろうか。死体がないと思っていたのだけど、ぽつぽつと見え始めた。どれも切り傷とかではなく火傷がひどい死体ばかりだった。おそらく一酸化炭素中毒とかで死んだのではなくそのまま焼けて死んだのだと思う。私の住む世界ではあまりない死に方だ。とにかく、ここはひどい。
 もしや、と思った。ここまで死体がなかったのはすべて焼き尽くしてしまったからなのだろうか。肉も骨もすべてぼろぼろになって無くなるほどに。いや、それはないだろう。いくら炎が強かったって、骨までは焼き尽くせないはずだ。でも、一度でも怖い想像をしてしまったからなのだろうか、後ろを振り返ろうとは思わなかった。このまま一直線で行くしかない。

 死体をできるだけ避けながら歩いていると、死体の影しかなかった地面にのそのそと動く影があった。不審に思ってよく見てみると青年がいる。ここにきて三人目の生きた人間だ。青年も私に気付いたらしく、死体に触っていた手を離して立ち上がった。

――――民家があるかどうかだけ聞いてみようか。

 だが向こうの青年は私がそちらに行くのを警戒した。睥睨されているわけではなく、「こちらへ来るな」と注意されている気がして足を止めると、青年が動いた。

「あ、あの」
「お主、何故下着姿かは知らぬが、いいところの娘だろう。迷子か?」

 その口調に引っ掛かりを持つ。まるで侍のような口調だ。異世界らしきところにきてしまったのかと思ったけれど、ここは日本なのかもしれない。

「もう一度聞こう。迷子なのか?」
「わ、私は……」

 そういえば、私は迷子なのだろうか。死んだはずなのに、私のいた世界と違う世界に生きている。飛び降りて死んだはずの私はあの世にいるはずで、でもこうして息はしているし自分の手は暖かい。私の体、どうなっているのだろう。

「迷子かと聞かれればそうなのかわからないけど、そうなんじゃないのかな」
「自覚がないのか?」
「……違う」

 ただ単に説明の仕様がないだけだ。わかりにくい説明ではあるけれど。
 青年は眉をひそめ、私の顔を窺った。

「ではお主は何なのだ」
「死んだはずなのよ、私は。別に死にたくて死んだわけじゃないんだもん…だからといって生き返った理由もわからないし、もしかしたら最初から死んでなかったのかもしれないし……」
「要するにお化けや鬼の類か」
「……そうなの?」

 しらん、と即座に返されてしまった。でもそうか、と思う。お化けの中には自分が死んだかも判断できないものもいる。だからといってお化けは触れるかといえば触れないだろうし、鬼は人を助けたりするものではないだろう。私は腕を組んで悩んだ。
 青年はもう私に興味がないとでもいうように背を向けた。去ってしまう、と感じた。こちらからも聞きたいことがあるのに。私は慌てて青年を呼び止めた。

「ま、まって! 私はどうすればいいと思う?」

 青年は歩むのをやめなかった。振り向きさえしなかった。白を切るつもりだ。

――――こっちの事情も知らずに……!

 とうとう私は爆発した。

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