chapter 1   さよなら日常 ようこそ非日常 4


 誰かが言っていたと思う。『ドラキュラと吸血鬼は本来違うもので、どこかの国から始まったイメージ』なのだと。吸血鬼はそのまんま血を吸う存在だろう。そしてドラキュラとは本来悪魔の子をさす。悪魔から血を吸う存在とは到底思い浮かばないけど、吸血鬼が案外悪魔だと思っていてもおかしくはないだろう。
 要するに吸血鬼と悪魔は似てるってことだ。

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「あーあ、せっかくの部活を終えたというのに掃除の罰受けさせられるとは思わなかったなぁ〜」
 無事長時間をかけて終えた掃除の後に、あたしはご丁寧にも自教室の鍵を返しに来た。本当はさっさと終わらせて手っ取り早く先生に渡そうと思ったのに、あの先生のことだ。
「あら、渡辺先生ならちゃっちゃと帰ったわよ」
 担任の先生、もとい渡辺 幸治(わたなべ こうじ)先生の隣に座っていた中年の女教師がそうおっしゃった。
 あの先生はどうやらちゃっちゃとあの転校生にいたって簡潔に案内して、ちゃっちゃと職員室に戻ってすぐさま帰路に着いたらしい。ザ・ゴーイング・マイ・ウェイ。我が道を行く先生だ。あたしのことなんか絶対気にかけちゃいねぇ。
「鍵を返しにきたのですが……」
 あと文句も言いたかったんですけど。
 鍵を受け取って、目の前にいる先生は、あぁ、と何かを思い出したらしい。
「あら、愛しの生徒ってあなたのことだったのね」
「はい?」
「渡辺先生が愛しの生徒が鍵を持って出現するから気をつけろよ、と」
「……」
 なんだそれは。
「あの先生のことだからあまり気にしなかったけれどね。体のがたい男の子ならともかく、かわいらしい天使のような女の子のことを気をつけろだなんてずいぶんとひどいことを言うのねぇ」
 先生からみたらあたしは鬼に見えるのか? むしろ先生のほうが鬼だろう。
 まぁあなたの言いたいことも分かるわよ、と先生は見透かして言う。さすが、あの先生の隣にいる先生だ。隣にたたずむというこの先生は伊達じゃないらしい。
「鍵は預かるわ、届けてくれてありがとう。それとご奉仕、お疲れ様。ついでと言っちゃなんだけど、先生から伝言を預かっているのよ」
 申し訳なさそうな先生を前に、体に戦慄が走った。

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 職員室から飛び出て、友人三人が待っている昇降口へと足を運んだ。
 なんなんだ、あの先生は!! あたしをいじめてそんなに楽しいか?!
 廊下でぺちゃくちゃとしゃべっていた三人だったが、黒いオーラが見えます、と呟いた千里の声をきっかけに陸と愛は振り返った。
「おかえり〜、來流〜。随分とおかんむりねぇ、なにかあったのぉ?」
「知るか知るか! あたしが知ったこっちゃない! 明日は何があったとしてもサボってやるわ、とめないでね、愛と千里とそれから陸!」
「まぁ止めはしないが」
 陸の即返された言葉に傷つくあたしをよそに、愛と千里は顔を見合わせた。
「あれだねぇ、またなんか言われたんだ、先生にぃ」
「サボるというのはもう聞き慣れていますが、まぁどうせ委員長を務めてくれとか言われたのでしょう」
「千里エスパー?!」
 千里は、あれだ、ほらサイコキネシスとかそんなやつを操るサイコなんとかってやつ。だって今までも意表をついたり心を読めるんじゃないかとかそう思っちゃうほどすっごく当たるんだから。今度サマージャンボの宝くじ当ててもらおうか。
「話の概要からしてそう思っただけです」
 照れているのか不機嫌なのか分からない表情で(単に無表情なだけ)千里はそう言った。その割には何故か成績の伸びない千里。……いーや、そんなことを口にしたら首を絞められてしまうさ。うっけっけっけ。
「へぇ、今度は來流が委員長かぁ。こき使われるねぇ」
「愛っ、お前だけだよ、あたしの心が分かるのは!」
「まだ誰も弁明してないって」
 あぁ、なんか久しぶりに陸に突っ込まれた。
「……そもそも弁明する気はなかったのですけどね」
「來流のことだから弁明しないと味方にしてしまうぞ、あの悪者」
「それもそうですが」
 あぁ、いったい二人はあたしを何だと思ってるんだ!
 そんな二人はさておき、愛はほんっとに可愛らしい顔でとぼける。君はエンジェルだよ!
「委員長いいじゃない、やりがいがあると思うよぉ〜」
「よくない! だいたい委員長もさっそく明日から仕事があるじゃない! あの転校生の学校案内という仕事が! というか先生、案内してるとか言っておきながらしてなかったとかほざきやがったのよ!」
「ならさぁ、あたしが付いてきてあげるよぉ、明日」
 ……なんだって?
「あたしも一緒に学校案内してあげるってぇ、それなら明日サボらないでしょぉ?」
「あ、……愛!」
 お前が本物の天使に見えるよ! 後ろに生える白い羽、頭にぷかんと浮かぶ白いわっか! 天使の象徴であるそれらが輝いて見えるさ!
 だが、愛の次の言葉でイメージは一転する。
「実はねぇ、写真を撮ろうと思ってるのぉ」
 ちゃっと白い携帯を取り出した。そこには彼氏と撮ったプリクラが張られている。
「なんだと?」
 おい、愛。その彼氏が泣いているぞ。お前の彼氏が泣いたら平静を取り戻すのにものすんごい疲労がたまっていくの知ってんのか? しかもその役が何故か愛じゃなくてあたしなんだぞ? おかしいというよりかお前たち話し合って仲直りはしないのか?
「炉夷くん、あんなにカッコいいんだもぉん。撮ってさぁ、癒しにも使えちゃうでしょぉ?」
「う、胡散臭い転校生撮ってどうする」
 むしろ呪いが感染するだけだぞ、怪しい転校生を撮るとはそういうことだ!
「來流にはわからないのねぇ」
 はぁ、とため息をつかれた。
 わかってたまるかい!
 と、そこでぬっと横から陸と千里が割り込んだ。
「話は決まったようですね、では來流さんは明日サボらないという方針で」
「サボるサボるサボりますからー! あんな理由で納得できるか!」
「んじゃ皆勤賞さっそくなしだな」
 ニヤニヤ顔の陸。
「わかりましたもぉサボりませんー!」

 もう勘弁してくれ、ほんとに。

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「では、御機嫌よう」
 昨日の千里はおかしかったはずなのに、今日は普段よりも冷静だった。
 敬語を通り越してお嬢様言葉だ。うふふ、御機嫌よう、なんて死んでもあたしが言うようなもんじゃない。何を考えている、千里よ。
「明日サボるなよ」
「楽しみにしてるからねぇ〜」
 陸はいつもどおりに、愛は喜びいっぱいの表情で手を振っている。うむ、これにはどうにか返せれる。

 いやだな、明日。
 そんな気持ちでいっぱいだったあたしには、最近現れているという通り魔のことなんてすっかり忘れていたのだった。

+ + + + +

「いやー今日もいじめ甲斐があるなぁ」
「いやん、りっちゃんったら、わ・る・い・ひ・と(ハート)」
「來流はああでなきゃこっちも調子が狂うってもんよ。でも今日はなんか千里の調子が悪かったみたいだなぁ」
「呼びましたか?」
「あぁ、ちーちゃん。今日なんだかメリハリがなかったわねぇ? どうかしたのぉ?」
「いえ……おそらく疲れがたまったのでしょう。昨日黒猫を拾ったのです」
「飼い主はいなかったのか?」
「昨日スーパーに行きましたらば何故か途中から付いてきたようでして、店員さんに言われるまでそのことに気づかなかったのですよ。そのときは私を飼い主と間違えているのだろうと思ったのですけどね」
「でもそうじゃなかったと?」
「……理由は今度話してもいいですか」
「なぁによぉ、水臭いわねぇ。今言ったって一緒じゃないのぉ?」
「その理由が気になるな」
「いえ、きっと笑いますし」
「笑わないわよぉ、ほら言って!」
「では、軽蔑しないでくださいね」
「いいからほらほら!」
「……その、黒猫がしゃべったんですよ?」
「……は?」
「お前はニンゲンだな、とか、乙女なら結婚してもらおうか、とか……って陸さん? どうかしましたか?」
「愛」
「は〜い」
「千里を家まで送りつけよう」
「送りつけようって、私は病気でもないので一人でも歩けますよ」
「りっちゃぁん、あたしこの道で別れるんだけどぉ」
「わかった、んじゃあたしが送る。愛、また明日」
「気をつけてねぇ〜」
「ちょ、ちょっと陸さん、私は平常です。おかしいのは昨日拾った黒猫でして」
「お前はきっとおにぎりを拾い食いしてしまったんだ」
「そんな下品なことはいたしません!」

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 遠くなるまで二人の変わった会話は続き、愛は苦笑した。
 だけど、今はそれどころではない。
「ちぇ、悪魔たち、あたしの友達に何手ぇだしてんのよ」
 先ほど聞いた千里が拾ったという黒猫。きっとそれは悪魔に違いないと愛は判断した。
 ただでさえ、これから学校に悪魔が現れるというのに、友人を守ろうとした愛はそれどころではなくなってきている。
 とりあえず千里が拾った黒猫は保留。今は突如現れた悪魔に目をつけていかねばならない。

「來流、あたしがあの転校生に関わるのはそんなちっぽけな理由なんかじゃないんだからね」



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