chapter 1   さよなら日常 ようこそ非日常 2


 黒い翼は悪魔の象徴。
 悪魔を統べる存在である魔王、サタン。
 そのサタンを凌ぐほどの魔力を持つ魔竜。
 だが、竜はその命を、血をサタンから受け継ぐ。
 竜はサタンに逆らうことなく、生を受けたその瞬間から従うことを義務とされた。

 それ故に、小さな竜はサタンに誓約され、封印された。
 悪魔ならず人として生きるために、小さな竜はその巨大な力と記憶を失った。

 竜は育つ。
 自分が悪魔であることすら知らずに。
 小さい頃につけられた印は決して綻びることなく存在しているとも知らずに。

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 太陽がサンサンと照らす真夏じゃない始業式を明日に控えた新学期前の春休み。
 今日はポカポカ日和。んでもって桜満開のちょっと遅めの春の巡り。
 明日でようやく二年生を迎える新学期は午前。
 そして転校生を含む新入生の入学式は明日の午後。
 春だ。
 この行事があってこそ春を満喫できるのだ。
「……先生に捕まらなけりゃ素晴らしい日だったのに」
 なしてこの桜の舞う高さと同じ三階の教室で掃除をしなきゃならんのだ。

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 新入生の名簿が張られたボードが体育館の近くにあり、補習もない今この学校では部活の休憩中などを利用して生徒たちが内緒で見に来ていた。
 あたしも勿論、見に来た。
 だけどその名簿の中に、田舎から来たあたしの知っている新入生は当たり前のようにいなくてあたしはしょんぼりとした。なんせあたしは去年からこの都内の暮らしを始めている。
 知っている人数人はいて欲しいと思ったんだけどな。
 いなくて当然だろう、と同じ部活の友人、陸は言っていた。当然じゃないやい、あたしの元隣人のお兄さんもここに来ていたんだぞ。
 でもあたしたちのクラスに転校生が来るんでしょ〜? そっちの方が楽しみじゃない、とあたしと同じ田舎から来た愛は新入生なんかそっちのけだ。転校生が男と聞いた所であたしはノーと答える。あたしはノーマルだけどあまり男が好きじゃないんだからさ、愛と違って。
 そんなこんなであたしたち三人は誰もいないボードの前で立っていた。
 だけど、その後一年の時の担任に部活をサボっているのを見つかって罰をくらわされる。
 こうして図書館でのんびりしていた心優しき友人、千里を巻き込み、四人で掃除をしていることとなった。
 すまん、千里。

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「うふふふ〜、やっぱりこう日が真っ赤に照らされると机の日干しには最適よねぇ〜。ぽかぽかして寝てしまいそうだわぁ」
「こら、何黄昏てんのよ、愛。サボるなよ」
 ベランダで蝶々と戯れている友人に、あたしは呆れた。
「來流が真面目に掃除しているのが珍しいから、こうやって雨が降る前に日光を浴びているんじゃないか」
「失敬な。陸だってあたしと似たようなモンじゃない。って、サボるなあんたら」
 蝶々と戯れている友人の隣に機嫌よさそうな背高さんの友人に、あたしは逆に不機嫌になる。
「私は巻き込まれただけですので、サボったうちには入りません」
「そんなこと言うなよ、千里ぉお〜。手伝ってくれよー」
 蝶々と戯れている友人の隣の機嫌よさそうな背高さんの友人のそのまた隣に何もせずずっとあたしを眺める友人に、あたしは嘆いた。

 見た目めちゃくちゃ美人な愛。髪はモデルのようにさらさらといかないまでも、手入れされていないくせに触り心地が良い。女のあたしでさえうっとりするつぶらな瞳に、割と高めな鼻。この容姿に惑わされて仲良くなったこの友人は、意外と友達想いだったりする。ううん、こんな女性、男は絶対放っておけないよなー。
 そんな愛はこれまためちゃくちゃ頭良い。良い所ばかりで嫉妬してしまうが、この愛の性格を知ればそんなこと、どうでも良くなった。
「來流ぅ、あたし机の日干し見張ってるわぁ」
 だから頑張ってねぇ、と愛は手を振って再び蝶々と戯れる。こらこら、そこのわがままっ子。何もかもあたしに任せるんじゃねえよ。
 愛はわがままでぶりっ子で自分から動くのが嫌がる、しいて言えば○リン星からやってきたやつのマイペース版だ。こんなヤツ、絶対近付きたくない。これに少しでも嫉妬していたあたしがバカだった、と悔やまれる。きっと愛の今までの友達もそう思っていたんだろうな。
「……机に日干しは必要ないしそのための見張りはもっと必要ないと思う」
「だが見張りたいから見張っているのだ」
 蝶々と戯れ始めた愛はそのままこちらの世界には戻らず、隣にいた陸が太陽に照らされながらも答えた。ええい、日照りしろ、そして皮膚がんになれ。
 陸はボーイな容姿をしてその性格も大雑把ながらに誠に漢(おとこ)であった! じゃなくて、とっても頼れるお兄さん風のちゃーんとれっきとした女の子である。そしてあたしと同じ陸上部。あたしは球技なら何でもこなせるが、はっきり言って砲丸投げ以外、陸上のものは苦手だ。ところが陸といったらあたしの苦手なものも含めてスポーツ全部得意とするのだ。恐るべし。これこそあたしの憧れの人!
 だが、そうもいかない。
「そしてあたしもやる気ないからやらん」
 おお、これこそ陸の本性、非情なり。たとえあたしや愛が死にかけても慈悲を与えたりはしてくれないのだろう。自分のこと以外には滅多に気にかけないのだ。これこそ自画自賛、じゃなくて自由奔放じゃねーや、ええと、独立自尊!
 あー、陸に憧れるがそんな身勝手なことはすまい。これから情けをかけて暮らしていくのだ!
「ご愁傷様です。私はここで見守ることだけはしておきましょう」
 うむ、あたしの手ごろな味方といったら千里しかいない!
 千里はあたしと同じ、普通の平凡で特化した所がない少女だ。何故こんな異常な二人と友達なんだろう、と思っているあたしでも千里と共に過ごせばそんなことはどうでも良くなったりする。敬語を使っているのはいつものことなので気にしない。
「そして願っておきましょう、先生が来ないようにと」
 ん? 何ゆえ先生? それって関係あるの?
「私たちがサボっていると知られたくありませんから」
 …………。やっぱ友達がこうだとその友達も影響っつーか感作されるのよね。

 先生、早く戻ってきて。



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