始業式を終えて先生に呼ばれて飛び出た準備室。
 そこでどっかで見たことのあるよーなお嬢さんに抱きしめられる始末。
 てかアンタ誰。


delinquent girl×scheming teacher
不良少女×腹黒教師

3、それは他愛ないキチガイの調べ              


 あたしは遠山祢亜。ネアと読む。そこそこの進学校で、今日、二年生を迎えることになったあたしはそれなりの不良少女だ。脱色した髪は金髪に、キツめの香水をぶちまけてお手製の長いスカートを穿いて、学校に来ては授業をサボるという昔ながらの不良だ。最近の不良はどうやらスカートを短くしてお尻をわざと見せているようなのだ。あれだ、以前先生に告白してきたような子。先生がそんな女子生徒ばっか見てきているせいか、あたしは先生に昭和の不良ですよ、って言われたことがある。昭和生まれでも学校生活は平成時代で過ごしてきたはずの先生には言われたくない。もし昭和時代で過ごしていたんなら先生は年齢詐欺なんだろうけど。
 先生、とは顧問の高野雅先生。あたしは全く部活に参加しない美術部所属で、先生は美術部の顧問であり、当然のごとく美術の先生でもある。そして、去年の秋までは屋上で授業をつぶしていたあたしに親切に美術準備室を提供してくださったのもこの先生。慈悲深い先生だと誰もが思うであろうが、まぁ本当のことを言えば取引の大好きな先生だ。何かとあればすぐ取引をしたくなるのだろうと、この半年で見極めた。そう、準備室を提供してくれたときも当然のごとく、『先生の愚痴を聞く』というものと取引をした。あれから先生は愚痴をするときだけ、人が変わったように心のうちを見せるのだ。そのときのスマイルほど恐ろしいものはない。

 何を隠そう、マダムキラーで純情な先生の実態は腹黒変態教師なのだから。

 * * *

 今日は朝っぱからホームルームがある。中学時代でいうと先生からの連絡事項とか言われるものだ。今日から新しい学年が始まるのだが、朝のホームルームだけは前の学年のクラスに行って、旧担任の指示に従って新しいクラスへと向かうのだ。
 朝ははっきりいって苦手だ。やる気が出ないせいもあるが、あたしは低血圧だ。とっても機嫌が悪い。朝早く準備室に呼ばれたときなんかはあの腹黒教師があたしの目を見て怯んだほどだ。それほどにも恐ろしいのだろう、と解釈するとしよう。なんせあたしは朝の記憶が薄いもんだから絶対とはいえないのだ。
 まぁそんなあたしも、やはりクラス分けは気になるもので、朝早くからやってきて教室のドアに張られた名簿を確認する。
「……なんだ、7組か」
 なんともいえないクラスである。見知った名前もあれば全く顔さえ知らないものもいるだろう。よく言えば普通、悪く言えば平凡すぎるクラスだ。6組の賑やかクラスではなかったことに少し安堵するだけである。
 あたしの学校は文系・理系とわかれていて、典型的な進学校だ。工業とか商業とか専門的なことはなく、生徒の大半は大学へと進学する。2年はいわゆるその節目であり、どこの学校もそうだろうけれど文系と理系とでは勉強の進み具合がまるっきり変わっていくものだ。あたしの学校では1組から5組までが文系で6組から8組までが理系となっている。その分かれ方は学年によって違うものだ。あたしの上の学年なんかは理系のほうが多いって聞いている。そしてその学年の後ろほど頭のいい人が集まっている。だから簡単に説明すると7組は理系の中で8組ほど頭はよくないが、6組よりましだ、ということだ。つまりあたしはまあまあの成績で上がっているということだろう。これならば「ネアの成績が下がっているようだったら特別に家庭教師しなくてはなりませんね」という腹黒教師の言い分から逃れられる。ふんだ、あの先生はあたしをなめすぎなんだよ。大体あたしに贔屓しすぎてる。

 一通り7組の名簿に目を通すと、一つだけ気になる名前があった。
 『宮野 絢子』
 どこかで聞いた……というよりも目にしたことのある名前だ。教室で過ごした記憶はあまりないからおそらく美術準備室で目にしたのだろう。だが他人に興味のないあたしはそれをあまり気に留めずに教室へと入っていったのだった。

 * * *

「ふあー……ぁ」
 小さくあくびをして、また校長の長い話に耳を傾ける。周りの多数が寝ているからどうせ寝ても気づかれはしないだろうが、このあとすぐに準備室に行くとなるとやはり聞いたほうがいいのかもしれない。
 ……今年度この学校は100周年を迎えました……この学校の校訓を皆さんは覚えていますかな? …………これから後輩が入学するにあたって……………………
「では皆さん、今年も張り切ってがんばりましょう!」
 おっと、最後らへんの記憶がさっぱりない。校長の話が終わったあとの先生たちの拍手で眠っていた生徒が一斉に顔を上げる。この瞬間の校長の顔ったらこの上なくしんみりしている。可哀想なので(拍手している生徒は数人しかしていないが)あたしも拍手してやろう。

 あー、やっと懲りる話が終わったわ。

 * * *

 普通の学校なら始業式のあとにまたホームルームやら清掃やらあるのかもしれないけれど、あたしの学校ではそれが全て明日に回している。なんとまぁ面倒くさがりな学校だ。でもその代わりに早くへと部活に顔を出せるのだ。って嬉しいことじゃないんだけどさ、別に。
 美術室の前であたしは右往左往と歩いてみる。だって鍵がかかっているんだもん。準備室は鍵がかかっていても不思議じゃないからいいけどさ、あたしが来る日はいつも美術室が使われていたから、その美術室に鍵がかかった日なんてなかった。ということは、腹黒教師よりもあたしのほうが来るのが早かった、ということらしい。
 ちぇ、早く来た意味がないじゃん。せっかく先生からの呼び出しだったのにさ。
 ………………?
 まて、何だ今の思考は。
 まるで先生の呼び出しに喜んで照れ隠しに早く来てやろうとかそういう行動をとっているようではないか。
 つまり、あれだ。飼い主が「ほらポチ、散歩に行こう!」なんて嬉しげに言って犬を引っ張って、その犬はハイハイ、行ってあげましょうかねって呆れた表情をしつつ尻尾がぶんぶんと振っている状況だ。つまり飼い主から見ればそれは嬉しいんだなってバレバレな状態。
 …………。
 げ、と思いつつ顔が赤くなってきたのに気がついて慌てて顔を横に振る。
 そんなんじゃない、先生はそんなんじゃない! てゆーかそういう対象としてあたしは先生を見ていないはずだ! ほら、先生がいつも言っているじゃないか! 生徒と教師では禁断の愛となる、って。つまり先生はあたしのことをそんな風には思っていなくて、だからこそあたしも気にしないようにしていたはずだ……ってことは生徒と教師でなければそんな関係だったのか?
 …………。
 ……ちっがーう!!
 もう堂々巡りだ、こんなモノ。やっぱり考えたって考えた分だけ無駄だ。あたしと先生はそんな関係じゃない、ってことだけ割り切れるだろう。先生もやっぱりあたしのこと何にも思ってないだろうしさ。
 ……そう、なーんにも…。
 あたしのことなんて、変なやつで面白いやつだな、程度だろ……
「ネアっちゃーーーん!」
 突如後ろから抱きしめられ、あたしはモロに美術室のドアとキスをした。それも、強く。あぁ、あたしのファーストキスは人間じゃないのね……ってそうじゃなく。
「だ、誰だっ」
 あたしをネアちゃんと呼ぶのはこの学校では先生が冗談交じりで呼ぶときだけだ。間違っても先生は猫撫で声でこんな高い声は出さないし(かといって出せるわけもないだろうけれど)、この声の持ち主に思い当たる節はない。
 振り返るとやはりそこにいたのは女の子で、あたしよりもすこし背が高めの可愛らしい女の子だった。
「あらぁ、残念☆ あたしのこと知らないんだぁ」
 ウィンクしつつあたしに寂しげな表情をする女子生徒だが、本当に見覚えのない人だ。この子に抱きつかれるあたしって一体……。
「あたし、宮野 絢子(みやの あやこ)っていうの。どっかの小説じゃこの名前にちなんで『みゃーこ』って呼ばれる人がいるけど、普通に絢子って呼んでくれたんでいいからねっ?」
「は、はぁ……」
 よく喋る人だ。そして聞いてもいないのに勝手に喋ってくれる。
 だが名前を聞いてはっとする。今ならわかる、何故この子の名前をあたしが知っていたのか。
「ほら、鍵取ってきたよ。センセーはあとから来るってさ」
 右手でくるくるとそれを回して、もう一度あたしにウィンクをした。ぶっちゃけ可愛すぎて様になっている。あたしがウィンクしたって誰もが目をそらして口笛を吹くだけだろう。

 そんなこの子は、美術部の部長さんだったのだ。

 * * *

 美術室準備室に入ってしばらくすると、お待ちかねの腹黒先生がやってきて、先生の机を中心に三人が囲う形となった。
 あたしが部長さんの名前を知っていた、というのは些細なことだった。まず、教室の端っこにある壁に部員名簿が張られてあって、部長の欄には彼女の名前がかかれてあった(副部長の欄にはやはり幽霊部員……)のと、キャンパスの裏に今使っている人の名前が書かれたりする(ほかの人に使われないようにするためらしい。でもやっぱり幽霊部員が多いので意味がないと思われるが。)のだが、これにも目にしたことがあるのだ。それゆえに、この部活でたった一人で活動している人物であると判明した。
 部長さんも少なからずあたしを知っているようで、ずっとあたしに会いたかったのだと言っていた。だけどあたしは基本的に授業中、または休み時間にひっそりと準備室に居るだけだ。昼休みや放課後に居ることは滅多にない。だからなのか、部長さんとはこの準備室で会ったことがないのだ。
 それを伝えると部長さんは納得したようで、今年同じクラスでよかったね、とあたしに言った。
「じゃあネアちゃんはこれから放課後とかに部活動とかしないの? センセーに呼ばれたってことは本格的な美術部の活動を求められたんでしょ?」
「……そこなんだが…」
 ふにゃっとした部長さんの笑みをかわして先生と向き合った。
「放課後は毎日でないといけないのか?」
「美術部は基本的にフリーですから、強制して毎日とは言いません。しかし、できる限り来てほしいですね」
 今日の先生もしっかりとスーツを着てこなし、伊達めがねを着用して純情ぶっている。ちゃっかり生徒までにも敬語だ。あたしの質問にも平然と答える。これでいてこそ腹黒というもんだ。
 あたしはひとまずふぅん、と相槌を打つ。んじゃ週一でもいいのかな。あまり学校に長居はしたくないしな。
「文化祭まで5ヶ月ぐらいはあるし、県文化祭までにも7ヶ月近くはあるしね。今からやったら初心者でも仕上がるよん」
「とりあえず今日は来週から行われる新入生の体験入部の計画を立てたいと思うのですが」
「そんなのてきとーに絵ぇ塗っとけば誰かが入るよ、センセー」
「その効果で入るのは幽霊部員のみですよ」
 そういえば、前に先生が言っていたな。自分で絵を描きたいと思う子は文芸部に入ってしまうって。たいていその子は漫画とか人物画の影響力だそうで、先生の本音からして言わせてもらうとそういう子よりもまだ絵の下手くその子に入ってもらいたい、と。確かに漫画チックな美術部は嫌だなあ。
 だから美術部に勧誘できて、かつそれを長く楽しんでもらうのは本当に少ない人数でしかできないんだ、とも言っていた。
「今年のノマルは二人以上ですから難しいのです」
 なんたって今いる本当の美術部員だけ(幽霊部員を省いたもの)で部長さんとあたしの二人だけだ。果たして集まるものだろうか。
「でもセンセー、安心して。あたしの願いを聞きつけてくれた新一年生が一人いるの。だからノルマは一人以上でいいんだよ。それにセンセーもあともう一人、入ってくれるカモって思う人がいるんでしょ? そう張り切らなくてもいいけどね」
「念には念を、ですよ、宮野さん。それに多ければ多いほど作業は楽になるものですから」
 あたしをそっちのけに話し合いが進んでいく美術部の方針。
 とりあえずは本格美術部の存続の道は見えたらしい。話し合いを終えて、あたしは部長さんにあれやこれやと手を引っ張られて狭い部室へと入っていく。先生が後をついて来る気配もない。むしろあたしと同じように部長さんの行動に呆然としていた。

 しばらく入ってなかった部室も、やはり変わっていない。部長さんは片付ける気がないのか、はてまたこのままでも使いやすいと思っているのか、乱雑に置かれた額縁とキャンパスの近くにある椅子に二人で腰掛け、二人の内緒話が始まった。
 まず、出だしは部長さんだ。
「ね、ネアちゃんとセンセーってデキてんの?」
 ……っぶー!!
「そそそそそんなわけないだろう!」
 あるとすれば先生の変態行為だけだ。あたしは無実だ。
 と、部長さんに抱きつかれる前の事実を消去した。あれは混乱しただけだもん、きっと、じゃなくて絶対!
「でもさ、ネアちゃんってセンセーの色目攻撃効かないよねー?」
 それは例え色目攻撃をしたとしても真実を知っているあたしが引っかかろうとしないからだ! それを知ってあえて言う先生はただあたしに嫌がらせをしているだけだと思うんだが!
「あたし、知ってるよ」
「な、何をだ」
「センセーが実は猫かぶってるコト。でもね、そういうとこ一回も見てないんだ。センセーもあたしのこと気づいてるみたいだけど、一向に本性を現さないの。せめて卒業するまでは、と思ってるんだけどね」
 そろそろ襲っちゃおうかなっていうときにネアちゃんの存在に気づいたんだよねー、と部長さん。
 襲うって、何するつもりだったんだ。
 相変わらず呆然とするあたしに部長さんは肩を組んであたしを引き寄せ、耳元で囁く。はひっ、息がっ! それはくすぐったいわっ!
「さて、正直に話してよ? あたしはネアちゃんの味方だわ、安心してネ」
 耳元のせいか、ゴクリと息を呑む音が異様に大きく聞こえた。
「ネアちゃんセンセーの コ・レ でしょ?」
 と、部長さんは右手の小指だけを天に向ける。
 なぜそうなる。
「だから違う」
「否定するところが怪しいんだけどなぁ」
 否定せねばいけないところを否定するなというのか。んな無茶な。
「部長はあの先生の腹黒いところを知らないからそんなことがいえるのだ」
 知っていてもこの人なら深追いしそうだがな……。
「へぇ、先生って腹黒なのねぇ。まぁそんな予感はしてたんだけど……で、ネアちゃんはなんでそれを知ってるの?」
「それはだな……」
 二人で密着したまま話が平行線になりそうなところを、誰かが美術室のドアを開いた音で中断した。
「!」
「……?」
「誰かがきたわ、静かにっ」
 美術部員なので静かにしなくてもこっちの勝手なのだろうが、不覚にも部長さんの威厳に恐ろしくて素直に従った。不良らしくないなぁ、今日のあたしは。
 狭い部室からドアを3センチぐらい開けてそこから外来者を窺った。あたしたちが入ったのは北側の部室なので、ここから美術室のドアへはまっすぐ見れば嫌でも視界に入るところ。美術部員以外の人たちは部室がどこにあるのかわかっていないようだから、たとえ10センチぐらい開けたって誰も気がつきはしないだろう。ましてや外来者はあの腹黒先生に心を奪われた今どきの女子生徒だ。先生に探すのが精一杯でひっそり盗み見している部員たちの姿など見つけられるはずもない。
 黒板あたりでその女子生徒がうろうろするのを見たあたしは、見たことがある顔だと気がついた。
「あ、あの子は」
「ネアちゃん、知ってんの?」
「何回か先生に告白してきたやつだ」
 3回ぐらいは記憶にある。それ以前にも来ているだろうから4回以上は告白をしに訪れているのだろう。まだ懲りぬのか、あいつ。
「ふうん……。顔はまあまあだから、先生が拒む理由がわからなくてずっと押しかけてきてる、って感じかな。あたしのどこが悪いのよ?! みたいにさ」
「ははは」
 やっべ、笑えねぇ。全くその通りでこの部長さんには頭が上がらない。
 確かにこの子は以前先生に「あたしのどこが悪いのよ?! そこらへんの子よりも可愛いでしょ?!」と叫んでいたはずだ。あたしの眠りを妨害した上にカールを蹴られたから忘れるはずもない。
 CMに出ているようなさらさらな髪に、モデルさん並に整った顔とくびれた体。誰もがうっとりするようなものを持ち合わせているのがこの女子生徒。顔だけとるなら部長さんの方が可愛いけど、やっぱり身長はすらっとしたものがいいだろう。あたしと部長さんはせいぜい150センチだから、誰から見ても低い。そんなあたしたちとは違う彼女だからこそ、振られたことにプライドが許さなかったのだろう。
 彼女が準備室の前に立つと、あたしと部長さんは目を見合わせた。
 いくら先生といってもこの女子生徒だけは今までみたいに振ることはできない。彼女のことだ、堪忍袋が切れて暴走してしまうと、何が起こるのか全く見当もつかない。
 どうやって振るのか興味が出たので、あたしたちはこっそりと部室を出て机の影に隠れた。四つの班のように机がまとめられているので、意外と向こうからは見つけられないのがこの美術室の特徴だ。
 やがて彼女が準備室のドアを叩いたとき、部長さんと手を握った。ハラハラするのはあたしだけじゃないらしい。部長さんもぎゅっとあたしの手を握って放さない。
 さぁ、先生! どう対処する?!

 ……だが先生は出てこない。
「先生、いないんですか?」
 そんなはずはない。準備室と廊下を結ぶドアは常時鍵がかけられているし、唯一の出入り口となっているそのドアから先生は出ていないはずだ。前にも言ったとおり、そこのドアは古臭くて開けるたびにギィコォとよく鳴るのだ。それは部室や廊下にも響くもんだから、この学校の七不思議にもされてしまってるほどだ。たぶんそれは夜中に先生が電気もつけずに美術室をうろうろしたせいだと思うんだけどさ。
 それはともかく、準備室から出ていないはずの先生が彼女のノックに答えないとするならば導かれる考えは一つ。

 居留守。

 呆れてしまい、脱力した。卑怯な先生め。
「センセー、ズルしちゃってる?」
「……多分な」
 というか絶対あれはあの子を拒否ってるだろ。
 数分粘ってみたものの居ないと知ると(本当は居るけど)、女子生徒は諦めて美術室から出て行った。あれはあれで可哀想だな。よし、あとで先生にガツンと言ってやるとしよう。
 心の中で密かにガッツポーズを決めると、部長さんがやけにニヤニヤした顔であたしを見ているのに気がついた。
 なんか嫌な予感がするのだが。
「な、何だ」
「ねぇ、さっき心配した?」
「へ? ま、まぁ心配はしたが」
「へぇ〜、なるほどねぇ」
 うんうんと部長さんは頷き、まだつながれた手を指差し、そして先生で例えるならイエロースマイルという笑顔で笑ったのだ。
「あ」
「先生が心配だったんでしょー? 誰かに取られるのが怖くて、ついついあたしに助けを求めるほどにネ」
「ちっ、違う!」
 なんでそういう解釈をするのだこの人は!
「わかったわ、今は先生が居るから素直に言えないのね? じゃあ後でいっしょにマックにでも寄って行きましょうか。悩みを聞いてあげるからさ、もちろんお金もお姉さんが奢ってア・ゲ・ル☆」
 と、また耳元で小さく囁かれ、部長さんは準備室に入っていった。

「だから違うって言ってるだろーー!!」
 生憎とあたしはドアに叫ぶ羽目になってしまった。

 * * *

 準備室に入ると先生が、信じられなさそうにあたしのほうを見てきた。
「いったいどんな話をしてたんですか。あのネアが叫ぶなんて……」
 さきほどの会話が先生の耳に入ってないと知ると部長さんは幾分か顔をしかめ、舌打ちをした。余程あたしと先生をくっつけたいらしい。先生の気持ちも考えなよな、全く……。

「ところでセンセーさっきのノック無視してたでしょ。とっても切な〜い目でうるうるして待ってたのにさ、無視しちゃって先生らしくないねぇ」
 確かにマダムキラーの先生らしくない。もっと堂々として振ってしまうほうが先生らしいと思うのだが。
 先生はやれやれとした表情で言った。
「ああいう性格は苦手です」
「あははは〜はっきりいっちゃたよセンセー」
 部長さんにつられてあたしも適当にあははと笑ってみせるが、テンションが高いのは部長さんのみ。何がそんなに楽しくて笑っていられようか…あっはははは………。
「ところで来週のことですが」
 先生がいい感じのところで話を切り替える。さすがはプロだ。
「宮野部長の言うとおりに、絵を描くことにしましょう」
「いぇ〜い!」
「いぇー」
 もう棒読みでいかせてもらうぞ。
「ね、せっかくだからネアと二人で作品を作ってみたいの! 共同作品ってやつ」
 きょーどーさくひん、ですか。
「いいですよ、しかしそれでは絵というわけにはいかないでしょう。粘土を用意しましょうか?」
「うん、お願いね、センセー。できるだけおっきいのがいいな」
「ちょっと待て、あたしは下手だぞ」
 いまさら大きいものといわれて作れるか心配なのだが。
「大丈夫だよー。模倣が目的だからサ、とりあえず真似て作れればそれでいいの」
「なるほど」
 それなら作れるだろうか。自信はないが。
「対象物はもう何にするか決めているのですか?」
「うん、ばっちし。あたしが用意しておくよ」
 ほう! それはなんとも楽しみだな!
 少しだけ、来週の楽しみが増えた気がする。一体何を作るんだろう。気になったあたしは部長さんに聞いてみることにした。
「何を作ればいいんだ?」
「んー? 知りたいー?」
「う、うん」
「んふふ、標本だよ」
 ん? 標本って生物室にあるマネキンみたいなあの奇妙な物体のことか?
 ………………なんですと?

 あたしの苦労はこうして来週に引き伸ばされるのであった。



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